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7-3 irregular

人の波は途切れる事を知らず、何かに恐れるように先を急ぐ。
それはまるで川のようであり自分達もまたその一部であるのだと。
中央改札を抜け、真雪と美冬は誰かに背を押されるように出口へと向かっていた。
「場所は天野区立岩戸小学校の駐車場だってさ。岩戸2丁目っつー事は結構近くだな」
真雪は携帯の液晶を眺めたまま、小さく唸る。
頭の中で地図でも広げているのだろうか、何かを考えている風な顔つきで。
「岩戸小学校?」
「ああ」
「あそこって去年廃校になった所だよね、確か」
帰宅ラッシュが過ぎた時間だというのに、ターミナル駅である天野駅は人で溢れかえっていた。
週末であるせいか行きかう人々の雰囲気はどこか浮ついている。
構内アナウンスや雑踏に紛れそうになる声。
「そうだっけか?」
「うん。覚えてない? 都会の真ん中で学校が消えるとか言ってニュースになってたじゃん。
建物どうするんだーとかさ」
「あー、はいはい。誰かがそんな話してたな。
何かに使いたいけど『出る』噂があって放置されてるってヤツだろ」
片眉を上げる。
「そりゃ出るだろうなぁ。なんせ討伐依頼が出るくらいだし」
真雪は退屈さを滲ませた声で言った。
自分を追い越し、すれ違う人々の楽しげな顔を一瞥する。
目の前に伸びる階段の先には穴が開いたような漆黒の夜が広がっていた。
「ね、ターゲットの情報は?」
「まだ来てない。向こうに着いたら連絡してくれって言ってたから
その時に知らされるんだろ」
「今日はどんな奴かなぁ。簡単な仕事だったらいいんだけど」
「ああ。でも緊急でウチに回ってくるっつー事は十中八九、面倒な案件っぽい気がする」
階段を上る無数の靴音の中で美冬が大げさにため息をついた。
うなだれるように俯くと髪が前に垂れる。
「あとでギルドの連中シメてやろうかしら。
毎回毎回、人に変な依頼ばっか押し付けやがって」
「やめとけ、美冬。更に面倒な仕事しか来なくなるぞ」
「むぎー! なんだよ、こんちくしょーめ。死ねばいいのに」
ふて腐れた声に苦笑を漏らす。
階段を上り終えて目に飛び込んできたのは
大通りを挟んだ目の前のビルの壁に張り付く大型スクリーン。
待ち合わせ場所の定番であるその周辺は、ひときわ人の多さが目立つ。
『緊急特番、東京ミステリースペシャル!こんばんはぁ、司会の綾崎ルナでぇすっ!』
大画面から聞こえる甲高く甘ったるい女性タレントの声があたりに響き渡る。
小規模な公園のような開かれたこの場所にたたずむ人々は
スクリーンを眺める者や電話をかける者、
足早に立ち去ろうとする女性に声をかける者と様々だ。
『今日は東京の都市伝説や、最近頻発している突然死などを
あたし達、ミステリーハンターが検証しちゃいたいと思いまーす!』
『突然死』の単語に反応し、真雪は思わず仰ぎ見たが。
その内容と違和感を感じるほど明るい声に、いぶかしげに目を細めた。
「どうしたの?」
気がつくと美冬が真雪の腕を掴んで不思議そうに見上げている。
彼の目線の先と顔の間を、せわしなく行ったり来たりする視線。
「いや、なんか内容と雰囲気が全然あってねーなと思ってさ」
「ルナたんの空気の読めなさ加減はいつもの事じゃん。何を今更」
苦笑混じりの声。
「どうせああいう番組は面白半分なんだし、いいんじゃないの?」
「まあな」
「身近な人が死なない限り、こんな話題なんて普通の人にとって他人事だよ」
どことなく寂しげにも聞こえる声音。
視線を向けるが、突風に巻き上げられた髪で美冬の表情をうかがい知る事は出来なかった。
自分達を包むのは夜の空気と眠らない街の喧騒。
熱に浮かされたように華やぐ雰囲気の中にも此岸の匂いは立ち込めている。

『ノクティルカです。今、どちらですか?』
着信音に気がつき、インカムを耳に装着すると聞こえてきたのは
ノクティルカの無感情な声音だった。
一切灯りのついてない夜の学校というのは妙に威圧感がある。
なるほど、確かにこの雰囲気であれば『出る』と噂になるのは無理もないかもしれない。
使われていないというだけで、こんなにも寂しく感じるものなのだろうか。
「こちらレイヴン、目的地の岩戸小学校に到着。前方には美冬のパンツが見えるな」
「ちょっと! 見ないでって言ってるじゃない!」
校門によじ登り、乗り越えようとしていた美冬が声を押し殺して怒鳴った。
闇の中、睨んでいるのが分かる。
真雪の目の前にあるのは、短い丈のスカートから伸びる
ガーターベルトでニーハイソックスを留めた足。
「ノクティルカ、パンツの色聞きたい?」
『結構です』
「今日は水玉」
「ぶっ殺すぞ、真雪!」
「……そう言うんだったら少しは隠せよ」
呆れた声に美冬が地面に着地した靴音が重なった。
重々しい黒の門を挟んだ、学校の敷地内に美冬がスカートを手で払いながら立っている。
周囲を見渡し、匂いを嗅ぐように深呼吸。
「やっぱりイレギュラー、いるみたい。匂いがするよ」
『なるほど。それでは事前情報は確かなようですね』
「どうやら近くにいるっぽいな。
ノクティルカ、イレギュラーのステータス教えてくれ」
校門から飛び降りた真雪が空を仰ぐ。
黒い革の手袋をはめながらいぶかしげに目を細めた。
離れた場所に住宅地があるらしいが、この周囲は建設途中のマンションしか見当たらない。
それ以外は夜と同じ色の揺れる木々のみ。
何もない上にオカルトじみた噂のある場所に好き好んで来る人間もいないだろう。
『ステータスです。イレギュラー認定番号、Dプラス04180025。
物理・スキル共に有効ですが、備考としてまして』
不意に言葉を切り、何かをためらう沈黙。
『このイレギュラーは人型であり、コミュニケーション能力を有しているようです』
言葉もなく2人は顔を見合わせた。
感情の浮かばない表情はただ前を見据え、何かを考えているかのように。
真雪は小さくため息を漏らした。

認定番号のアルファベットが示す強さの度合いも
ステータスが示す武器との相性をみても特別強いというわけではない。
けれど、これは誰もやりたがらない仕事だ。
面倒な案件ばかり割り振られる自分達の所に来るのも納得できる。
それは何故か? 答えは簡単だ。
ターゲットが人と同じだから。
チェイサーにとって最大の敵は自分達と同じ形をし、人の言葉を話すこと。
それは罪悪感を駆り立て、罪の意識は躊躇いを生み。
『自分が殺しているのは化け物だ』という思い込みをいとも簡単に壊す。

「なるほど。やっぱり俺達に回ってくるのはこんな仕事ってワケか」
自嘲気味に呟く声は、木々のざわめきに飲まれた。
何か言いたげに幾重にも広がる音。
「確かに人型のイレギュラーなんて誰もやりたがらないわね」
美冬は真紅の手袋から一対のショートソードを出すと薄く口元に苦笑を浮かべた。
射るような光を放つ月を見上げ、等間隔で踵で地面をならす。
『ごきげんよう、僕のかわいい天使達』
不意に聞こえた声の主はダンデライオン。
インカムの向こうで微笑んでいるのが容易に想像できた。
『今回の仕事のターゲットはノクティルカが言ったとおりだよ。
少々やりにくい相手だけど出来そうかな?』
「やらなきゃいけねえんだろ? やらなくて済むなら、いくらでも駄々こねるぞ」
『子供じゃないんだからやめてくれ。では、そちらの状況を教えてくれるかい?』
離れた位置に感じる気配。
何者かが二人を伺っているのが分かる。
身体にまとわりつくような視線を感じ、自然と顔が嫌悪で歪んだ。
「今、真雪とあたしは小学校の校門近くにいるんだけどイレギュラーらしき気配が一つ。
距離にして数十メートルってところかな? 事前情報通り駐車場にいるらしいや」
美冬は声をひそめ、インカムを指で押しつけながら話す。
神経は見えない敵に向いていた。
「さっきからすっごい視線感じる。相手はあたし達に気付いてるっぽいね。
面倒だから向こうが動く前にとっとと始末しちゃいたいかも」
『なるほど、それでは早速仕事に取りかかってくれ。愛しているよ』
「ラプター了解。愛してるわ」
「おう、レイヴン了解。愛してるぞ」
合言葉と化した言葉を交わして通信が切れたインカムを一瞥する真雪。
内心を表すような深いため息の中、眠ったように静まり返る駐車場を見据えた。
さながらそこは、あらかじめ用意された闘技場だ。
「とっとと片付けるぞ、美冬」
隣で頷く気配。
重い足取りを隠すように平静を保ち、向かう。
目の前のイレギュラーらしき淡い光しか、今は見えていなかった。

「レイヴン、前方1体イレギュラーを確認」
背筋に走る緊張感に思わず唾を飲み込む。
十数メートル離れた位置には真雪と同じくらいの身長の男が立っていた。
ストレートの黒髪を高い位置で縛り着物を身にまとう。
一見すれば人間そのもので、この人外生物特有の臭気がなければ
イレギュラーであると信じないかもしれない。
月光を受け淡く光を放つ。
その姿は幻想的ですらあった。
『来たか、魔狩りよ』
手には何も持たず背筋を伸ばした姿勢のまま目を閉じて微動だにしない。
武器はなんだろうか?
キャスターか、それとも。
真雪の視線が探るようにイレギュラーを観察した。
「ずいぶん派手にやらかしちゃったみたいね。
なんか貴方が邪魔らしくて始末して来いって言われてるのよ。
だからさ、大人しく死んでくれない?」
リズムを取るように鳴らされた靴音。
美冬は仁王立ちの姿勢のままで退屈そうな表情をあらわにした。
それでも全身からは殺気混じりの警戒感がみなぎっている。
「っていうか、殺すけど」
木々が目隠しをするように周囲を囲む空間。
どんな音を立てても不気味なほどに響く。
ここに存在するものは全てが死んでいるのではないかという錯覚。
10台分の駐車スペースがあるであろうこの広さが更に非現実的な景色にしていた。

イレギュラーはゆっくりと目を開くと美冬を凝視する。
まるで真雪のことを視認していないようだ。
食い入るように見つめる目を、美冬もまた睨み返す。
イレギュラーが唇を薄く開いた。

『恋慕か』

突拍子もない言葉に思わず眉間にしわを刻む。
聞き間違いかとも思ったが、確かにイレギュラーはそう言っていた。
『人に好意を持ったのか、同胞よ』
「……何、言ってるの?」
『それが故に同胞を殺し、人に味方すると言うのか』
怒りを押し殺した声。
美冬の目にわずかな動揺が走る。
視線がうろたえ、言葉を探して黙った。
「言っている意味が分かんない。同胞って何?」
『何を惚けた事を。お前は私と同じ人外ではないか』
「はぁ? ふざけないでよ、あたしは人外じゃないわ」
美冬の後方に立つ真雪は彼女の背中を眺めながらいぶかしげに目を細める。
強く握られる武器、怒気を含む声音。
顔を見るまでもなく美冬が苛立っているのは明白だ。
『ふざけているのはどちらだ。目を覚ませ、同胞よ。
人の形を成し、人に憧れ、人に紛れても異形の者には変わりない』
「人外なんかじゃないって言ってるでしょ!?」
怒号。
抑えられていた苛立ちが一気に噴出す。
静寂を破り、その声は辺りに響き渡った。
歯を食いしばる表情のままで瞳で射殺そうとするかのように睨んだ。
『何処に根拠がある? お前の何が違うというのだ? 同じではないか!
お前も、お前が退治しようとしている私も同じ魂の色を持ち、同じ名を持つ生き物だ!』
「うるっさいんだよ! ぶっ殺すぞ、バケモノ!」
「美冬、落ち着け! 相手のペースに嵌まるぞ!」
真雪が背中に向かって怒鳴る。
それでも美冬は真雪の声など聞こえていないように、イレギュラーだけを見ていた。

イレギュラーは美冬を動揺させて隙を作ろうとしているのではないだろうか。
真雪は、そうとしか考えられなかった。
美冬はこのままだと怒りに任せてイレギュラーに突っ込もうとするだろう。
相手がどんな武器を持っているか分からない今、それは得策ではない。
ならば、この状況で自分がスキルを撃つのが一番の……

「真雪、スキルは撃たないで。コイツはあたしがやる」
殺気に支配された声に真雪が我に返った。
まるで心を読まれたようなタイミング。
「あたしが殺すわ」
念を押すように、自分に言い聞かせるようにゆっくりと吐き出される。
それに答えたのは真雪ではなく。
『殺すと! 同胞殺しの人外よ。
お前はお前と同じく人の形を成すものを殺せるというのか?』
イレギュラーは赤い目を見開くと微笑さえ浮かべた顔で言った。
周囲の空気や髪が揺れているのが分かる。
この場の緊迫した雰囲気に呼応するように聞こえる葉ずれの音。

「殺せる」

今までの激しさは身をひそめ、歌うように呟く。
「ほう?」
「殺せるわ。お前が誰かを傷つける可能性があるなら迷わず殺す」
真雪は固まったように動けずにいた。
自分はどうするべきかと考える思考のどこかで思い出す声。

葬儀会場、吐き気をもよおす死臭、チャリオットの顔が鮮明に蘇る。
『息をし、動き、人の形を成す者をお前は殺せるか?』
脳裏と現実の声は重なり、動揺を誘う。
無意識のうちに考え込んでしまいそうになる自分を必死で現実に引き戻した。

『それが何であってもか?』
「そう」
『それが人であってもか?』
「そうよ」
ややあって、イレギュラーは美冬の答えを笑い飛ばした。
音もない空間に嘲笑に似た笑い声がこだまする。
無彩色の夜、動かず眠る景色。
『笑わせる! では聞くぞ。お前がやっている事はなんだ?
お前のほうこそ誰かを傷つけているではないか! 危険なのはどちらだ!?』
まるで一撃のような言葉だった。
2人の距離は離れているにもかかわらず、
その声は耳元で叫ばれたように大きく聞こえる。
止まる時間。
美冬は何かに耐えるように目を伏せていた。
震えるほど強く握り締める手は怒りを必死にこらえている事を表し。

「……分かってるよ」

この場所は墓のように思えた。
闇に溶けかけた校舎は大きな墓標のようにも見える。
どんな音も飲み込み、死んだ静寂が支配していた。
「分かってるよ、そんな事!
あたしがヒト殺しなのも、いっぱい傷つけてるのも分かってる!
あたしが信じてるモノがアヤフヤなのも!」
動揺と怒りが混じり合った大声は、まるで泣いているようにさえ聞こえる。
イレギュラーは美冬を見つめたまま動かずに聞き入っていた。
その顔に感情はなく心を読むことは出来ない。
「でも、その上で言ってやる」
美冬の片足がわずかに後退する。
ショートソードが月の光を鋭く跳ね返した。

「だからどうした!」

空気が大きく動いたと思った次の瞬間。
見えたのはショートソードが描く銀色のライン。
赤い飛沫が衣のようにスローモーションで宙に舞う。

一気に間合いを詰めた美冬は薙ぎ払っていた。
そして間髪入れず、もう片方のショートソードでイレギュラーの腹部を勢いよく突き刺す。
噴出す鮮血は美冬を赤く染めた。
「ぐ、ぁあああ!」
耳元の断末魔が耳鳴りを誘う。
湿った手元が滑りそうになるが、力込めて肉体に刺した状態で刃物をえぐるように動かした。
「勘違いしないで。人外だからってゲーム感覚で狩ってるワケじゃない」
美冬は返り血が口に入るのも厭わず、静かに吐き捨てる。
表情の消えた顔と声。
目の前のイレギュラーの膝が落ちる気配を見せるまで、
ショートソードを食い込ませ続ける。
「ま、さか……おま、え」
糸が切れたようにイレギュラーは地面に崩れ落ちた。
その音は美冬の耳にこびりつく。
周囲に立ち込める生臭い血の匂いと、死臭。
血の海の中央には全身に返り血を浴びた美冬が、脱力した様子で立ちつくしていた。
黒い闇に赤が浮かぶ。

「必要なら神様だって殺すわ」

俯く横顔を真雪は魅入られたように見つめていた。
何か言葉をかけようと唇が動くが、声は発せられず。
ただ、黙りこくる。
聞こえるのは美冬の額から地面へと滴り落ちる赤い水音。

そこにあるのは笑うように照らす月と
その光を受けて輝く血だまりだった。

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