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5. cross

「今日は雲がすごく近いよ、ダンデライオン。手を伸ばしたら届いちゃいそう」
視界から色彩は消え失せ、全ての物が白に塗り替えられていた。
窓辺に立ち、テディベアに話しかける彼女の髪や服、室内、窓の外の景色――
目に写るもの、全てが。
息が詰まるほどの白で統一された室内には最低限のインテリアしかなく
殺風景で、どことなく病室を思わせる。
「雲は触ったらどんな感じなんだろう。フワフワしてる? それとも溶けちゃうのかな?」
少女は10歳前後、あどけない顔立ちをしていた。
ゆるくウェーブがかった白に近い銀髪、灰色の瞳に影を落とす長い睫毛。
冬であるにもかかわらず、ノースリーブの白いワンピースを着ている事が
彼女の人形然とした印象を更に強める。
力を入れると、頼りなく倒れてしまいそうな気さえした。
「きっとフワフワしてるわ。フワフワしてて、温かくて気持ちいいの」
テディベアと空を交互に見ながら嬉しげに目を細める。
窓辺に立つ彼女は、息でガラスが曇るのを気にする様子もなかった。
踵でリズムを取り、身体を揺らす度にワンピースの裾が楽しげに揺れる。
「あれ? でも、雲の欠片が雪になるんだったら温かいのは変だよね。
雪は冬の寒い日に降るって、チャリオットが言ってたもの」
視界に広がるのは寒々としたモノクロの景色。
ビルの群れは分厚い雲を貫こうとし、眼下にはミニチュアのような街並みがあった。
どこか作り物めいていて、生き物の気配はない。
時間が止まっていない事を証明するのは、室内の時計が時を刻む音と
微かに漏れ聞こえてくる車の騒音だけだった。
「……あ、分かった。分かったわ、ダンデライオン」
今まで不思議そうに首を傾げていた顔が、にわかに明るくなる。
胸に抱いたテディベアに景色を見せたいのか、窓に押し付けた。
「雪は天使の羽根なの。それなら、フワフワで温かくてもおかしくないよね」
自らの答えに納得した風で、一つ大きく頷いた。
口元に笑みを浮かべたまま、聞こえない音に耳を澄ますかのように遠くを見つめる。
聞こえてきたのは遠慮がちな鼻歌。
少女は微笑みながら旋律を口ずさんでいた。
些細な音にもかき消されてしまいそうなそれが、室内に広がっていく。
時間や音を飲み込みながら、空気の色を変えていく気がした。
濃くなる静寂は耳鳴りを伴う。
嬉しそうに歌う彼女のあどけない声とは裏腹に周囲は静止していた。

突然。
彼女は口をつぐみ、弾かれたように振り返った。
視線の先は背後のドア。
硬直し、テディベアを強く抱いている。
視線だけが落ち着きなく彷徨っていた。
「あ……」
前触れなく開かれたドアを見つめたままで何かを言いかける。
震える唇が何かを言おうと動くが、言葉は出てこない。
室内が張り詰めていくのが分かった。
「ブルーバード」
「あ、あ! 歌ってない、歌ってないよ! 私、歌ってない!」
「何か、聞こえた気がするのだけれど?」
「ええと、それは……きっと鳥だわ。鳥がお外で鳴いているのよ」
入ってきたスーツ姿の男は離れた位置で、怯えをあらわにする少女――
ブルーバードを無表情で見つめた。
白の中に存在する、唯一の黒。
ドアを閉める大きな音は、現実から隔絶された風に思える。
すぐに押し寄せる沈黙と無言。
その中で、ブルーバードは身体を縮めて取り繕うとしていた。
息をするのも躊躇う。
ややあって、恐々と見上げた。
「ご、ごめんなさい、ハーメルン。もう歌わないから許して」
震える声は聞き漏らしそうなほど小さく。
「……お願い、怖い事しないで」
テディベアを抱く手は、隠しようがないほど震えていた。
ハーメルンと呼ばれた男は、しばらく目の前の少女を眺めていたが
溜息に似た笑みを、俯き加減に浮かべる。
室内に響く硬い靴音。
それが近付くにつれて、ブルーバードの顔は恐れに支配されていく。
自分に向かって伸ばされた手に何かを覚悟し、硬く目を閉じた。
痛みがくると思った次の瞬間、そこにあったのは。
「何故、歌を? 楽しいものでも見つけたか」
隣に並ぶハーメルンの姿と、頭に乗せられた手。
ブルーバードは恐る恐る目を開けると、呆気に取られた顔で傍らを眺めた。
そして睨むように見下ろされている事に気付き、我に返る。
慌てて首を横に振った。
「雲が近いなって思って見ていたの。それで、雪の事を」
「雪?」
「うん。雪は雲の欠片で出来ているのか、天使の羽根なのかを考えていて」
ブルーバードと並び、窓の外を眺めていたハーメルンの動きが止まる。
二人の間に時計の音が通り過ぎていく。
無言のままで、真っ直ぐ見上げてくる少女を見つめた。
空白の時間が訪れる。
「雪か。なるほど、それは歌いたくなるのも頷けるな」
「本当?」
「ああ。私も雪の事を考えると心が躍る」
ブルーバードは、その返答に安堵の息を漏らした。
今まで硬かった表情に笑顔が溢れる。
テディベアを抱き直すと、嬉しげに頬を寄せた。
「雪は天使の羽根なのだよ。天国へと旅立つ、幾万幾千の天使達の羽根だ」
「やっぱり天使の羽根なの?」
「そうとも、ブルーバード。そして時折、この東京という土地は花が降る事があるのだ」
「お花? 空からお花が降ってくるの?」
空には鉛色の雲が波のように広がっている。
昼間の時刻であるにもかかわらず曇天は時間を隠し、世界を暗くしていた。
木々の葉が落ちしまっているせいか、景色がうら寂しく見える。
「ああ。見たいかい?」
「見たい!」
「よろしい、では後で見せてあげよう。『雪の季節になったら外へ連れて行く』という
約束も果たさねばならないからな」
「わあ、本当!? お外に行けるの? いつ、お出かけできる?」
ブルーバードが表情を輝かせて、その場で飛び跳ねていた。
纏わりつきながら無邪気に尋ねる。
「もうすぐだよ。すぐに『その時』は来る」
ハーメルンは白い少女に顔を向けて薄く微笑むと、すぐに前を向いた。
視線の先にはビルのシルエット。
まるで剣が天を刺すようにそびえるそれを、瞬き一つせずに見つめる。

「お前に世界で一番美しいものを見せてあげよう。手で触れる事が出来る『奇跡』を」
 
 
16時20分、東京都霧島区。
いつもは黄昏の色に染まる街並みも、今日は早々に夜の景色に変わった。
分厚い雲が空を覆い、街には灯が点り始める。
五条駅周辺は帰宅する人々と夜を楽しむ人々が入り混じり、ごった返していた。
背後には車のヘッドライトとテールランプで出来た、2色の河が生まれ
目の前には切れる事のない人の波がある。
美冬はバスを待つ列を横目に見ながら、地下鉄出入り口付近の壁にもたれかかっていた。
周囲には人待ち顔の人々。
信号が変わると同時に聞こえてくる無数の靴音や街の喧騒を聞く。
「いや、大丈夫ならいいんだけどね。所長が今日も休みだって言ってたから。
さすがに心配になっちゃってさ、どうしたのかなぁって」
携帯電話に耳を当てて表情を曇らせる美冬。
鋭い刃に似た冷気に首を縮め、マフラーに顎を埋めた。
にわかに強く吹いた風に髪が巻き上げられる。
「今日で3日目でしょ? 具合悪いのが続いてるなら病院に行った方がいいよ。
何かあってからじゃ遅いんだからね」
間近に聞こえる店舗のアナウンスや、話し声などにかき消されそうになりながら
大きめの声で言った。
自然と空いた手が耳を押さえる。
「ねえ、うーちゃん。本当に何ともない?」
「もー超ありえないよ! 研修とかワケ分かんない。すっごいダルいんだけど」
「何か、あったんじゃないの?」
壁から背中をはがして姿勢を正すと、表情を引き締めた。
見えない相手への問いが、不満をあらわにした声に飲み込まれる。
反射的に視線を向けると、そこにいたのは香水の強い芳香を放つ20代前半の女だった。
黒いスーツ姿だが、大きく開けた胸元や深くスリットの入ったタイトスカート、
ガータータイプの編みタイツという風貌で、派手な印象がある。
「それはこっちのセリフだよぉ。なんかぁ、3日前にハゲに難癖つけられた上に
超怒られてさー。今度は東京まで研修に行けとか言ってんの。絶対イジメでしょ」
「んー、何となく。うまく説明できないけど、なんか変だなぁって思って」
「うん、そう。五条にいるー」
「ならいいんだけど。もし、何かあったら言ってよね? 話くらいは聞けるからさ」
視界の端にうつる、髪をいじる女の指先を盗み見ながら美冬は言った。
唇を噛み、黙考している風にも見える横顔。
行き交う人々の足元を睨むように見つめながら静止する。
「でっしょ? 超かわいそうでしょー? マジでサボりたいんですけど。
どうせこっちに来てんだから、服とか買いに行きたいよ。研修なんてマジやってらんない」
「なあに?」
通り過ぎる風が肌に触れる度に痛みを感じた。
ビルの壁面に表示された気温を見て、思わず身体を縮める。
確か天気予報は雪だと言っていた気がする――美冬は
電話越しの沈黙を聞きながら心の中で呟いた。
それでも街はいつもと変わらず、ネオンの灯と人で溢れている。
「え?」
一瞬の間。
耳を疑い、眉間に深くしわを寄せた。
美冬がまとう空気が変わっていく。
視線は耳に当てられた携帯電話を凝視した。
「んー、でも無理そうなんだよなぁ。すぐバレちゃいそうだし。
ていうか、比良坂なんて普通じゃないのに研修とか意味ないんですけど。だっるーい」
「……うーちゃん、大丈夫って嘘でしょ? 言いたくないならいいけど、
考えすぎると――」
何か言いたげに唇が数度動いた後、押し殺した声で尋ねる。
だが、美冬の注意はすぐにそらされた。
間近に聞こえた大きな声に意識が奪われ、
思わず数メートル離れた位置に佇む女に目を向ける。
夜の匂いを発散する彼女は周囲から浮いているらしく、複数の視線が注がれていた。
「やっぱり、かっこいい人がいる事に期待するしかないかぁ。でも、期待しすぎると
イモとデブばっかってオチになりそうな気がする。はあぁ、超下がる……死にてえ」
「ん、ごめん。ちょっと同業者っぽい人が居たから、気になっちゃって」
「はぁ、テツ? あいつ、もう連絡取ってないし。なんか顔見ると腹立ってくるんだもん。
あんなブスに浮気するとか有り得ない」
「多分ね。いや、単に此岸の人間ってだけかもしれないけど。
聞き慣れた単語が出てきたから」
駅方面へと、目の前を横切っていく女を目で追う美冬。
地面を打つヒールの音が、喧騒に紛れて遠ざかっていった。
聞いたばかりの電話口からの言葉を脳裏で繰り返しながら、険しい表情のまま空を仰ぐ。
視線の先にあるのは、ただ暗いだけの空。
目がくらむほどの街の灯とは裏腹に、今にも泣き出しそうな色をしていた。
 
十数分後、美冬が比良坂事務所のドアを開けた時に飛び込んできたのは
見慣れない光景だった。
夜の早い時間だというのに、室内には人の姿がある。
そればかりではない。
ダンデライオンや真雪と一緒に、見慣れない女がいる事に気が付いた。
来客なんて滅多にないはずなのだが――不審に思いながらも、その人の輪の方へ近付くと。
「おはようございまー……」
「ああ、おはよう。ちょうどいい所に来たね、ラプター。紹介したい人がいるんだ」
ダンデライオンは振り返ると、目を細めて笑いかける。
視線に促され、真雪の隣に立つ女に目を向けた美冬は思わず動きを止めた。
無意識のうちに、相手の脳天から爪先までを観察する。
「ウチの別支社から来たクララだ。彼女もレイヴンと同じく、死神とチェイサーの兼業を
していてね。チェイサーを始めて間もないと言う事で、研修に来ているんだ」
「北海道南支部所属のクララです。よろしくお願いしますぅ!」
「あ、よろしくお願いします」
「彼女はラプター。レイヴンのパートナーで、チェイサーをやっている。
派遣社員という扱いだけれど、ほとんどウチの所属と言っていい。
最年少だけれど、頼れる子だよ」
クララと紹介された女は、笑顔で頭を下げた。
愛想よくダンデライオンと談笑している表情や口調は別人のようだが
その風貌や声は、駅前で自分の近くで電話をしていた彼女だ。
『夜の匂い』と感じたのは印象だけではなく、
此岸に生きる人間特有の雰囲気のせいであったらしい。
「ラプターはレイヴンと組んでるんですかぁ。いいなぁ」
「クララは向こうで組んでる人はいないのかい?」
「いませんよぉ! ウチの支部長、意地悪なんだもん。何も分からないのに、
一人でやれって言うんですよ。私もレイヴンみたいなパートナーが欲しいですぅ」
「帰ったらお願いするといいと思うよ。チェイサーは組んだ方が効率いいからね。
君は近接系だから、キャスターと組むといいんじゃないかな」
心なしか、見慣れた景色に違和感を抱いた。
窓の外から聞こえる賑やかな音楽も、目に染みるほど鮮やかなネオンも
いつもと同じであるはずなのに。
視界の隅でノクティルカとサーペントが
パソコンのディスプレイを見ながら話し合っているのが見える。
「じゃあ、レイヴンがウチの支部に来てくれればいいのに。ね、悪くないでしょ?」
「レンタル移籍は、僕達が困っちゃうなぁ。彼は大事な戦力だから」
「東京だったらキャスターなんて、いっぱいいるじゃないですかぁ。
やっぱり初心者チェイサーは、慣れてる人と一緒の方がいいと思いますし!」
「俺を無視して、話進めるんじゃねえっつーの」
溜息混じりの真雪の声。
クララは笑いながら、真雪の腕にじゃれつく。
「美冬も何か言ってくれよ。このままだと俺、北海道に飛ばされちまいそうなんだけど」
「えー、飛ばされるって言い方は心外なんですけどぉ。あっちに行ったら色んなトコ、
いーっぱい案内したげる! 帰りたくなくなっちゃうと思うよ?」
「だーから勝手に決めんなっつーの。メシがうまいのは魅力的だけど」
「じゃあ、ゴハン食べに来てよ。クララ、超頑張って接待しちゃうし!」
助けを求める真雪の視線に、曖昧な笑みを浮かべる美冬。
微量の疎外感に似た感情に表情が硬くなるのが分かった。
心はどこか上の空で、目の前で交わされている会話が素通りしていく。
真雪はクララの腕から逃れようとしながら、いつもと様子が違う美冬を盗み見た。
「で、親父。研修ってどうすんだよ? チェイサーの方?」
「ああ、そうなるね。向こうの支部から『兼業でチェイサーをするにあたっての心構えと
基本的な技術を』と言われているんだ。そうなると、君が適任だと思うのだけれど」
「心構えっつったって、『無理はしない』『死なねえ程度に』しかねえよ。
俺は教えるの全然ダメだし、親父がやった方がいいと思うぞ。俺の時みたいにさ」
「現役には敵わないよ。それに僕が教えたら、お行儀の悪い子になってしまいそうだから」
そう言って笑うとダンデライオンは、三人に向き直る。
薄く笑みを浮かべたままで自分を見る顔を見渡した。
「そういう訳で、研修に関しては二人にお願いしようと思う。
特別に何か講義をするわけではなくて、レイヴンとラプターのイレギュラー討伐を
クララが見学するという形でね。こういう事は言葉で説明するのは難しいから、
見て学んだ方がいいだろう」
「まあ、いいけど」
「二人とも頼んだよ。難しく考えずに気楽にね」
「あのぉ」
きびすを返しかけたダンデライオンを止めたのは、あからさまな不機嫌さを滲ませたクララの声。
視線が集中する。
彼女は自分に複数の視線が注がれている事も気にしない様子で唇を尖らせた。
「なんだい?」
「あの、三人じゃなきゃダメなんですかぁ? 私、レイヴンと二人がいいんですけど」
「……と、言うと?」
「あ、別にラプターが邪魔だって言ってるワケじゃないんですぅ。ただ、
マンツーマンの方が分かりやすいと思ったので。近接武器が二人ってバランスも悪いし」
退屈そうな色を瞳に宿しながらカールした髪を指でいじる。
遠くで酔った嬌声が聞こえ、にわかに外が騒がしくなった。
だが、この室内は静まり返っている。
人はいるものの、どこか閑散とした空気を発しながら。
「ラプターが近接系なら、レイヴンも色々知ってるんじゃないかなーって。
命に関わる仕事だし、二人っきりでじっくり基礎を教えて欲しいっていうかぁ」
「ふむ、僕はレイヴンとラプターの戦い方を見た方が
勉強になるんじゃないかと思うのだけれど。ラプター、君はどう思う?」
不貞腐れた調子の弁明と、ダンデライオンから向けられた問い。
美冬はクララの刺すような視線を感じながら、軽く息をついた。
肩に垂れたポニーテールを手で払うと笑顔を作る。
「クララがそう言うんだったら、そうするのがいいんじゃないかな。
やっぱり一番、やりやすい方法でやった方が身に付きやすいと思う」
「いや、美冬。だけど……」
「真雪も、あたしと組んでるから近接系の勝手は分かってるだろうし。
客観的なアドバイスが出来るんじゃない?」
「ほら、ね! やっぱりレイヴンと二人で行った方がいいですってぇ。
ラプターもそう言ってる事ですし!」
一変して明るさが宿る声。
何事かを言いかけた真雪の言葉を遮り、言葉を吐き出した美冬は
ダンデライオンに顔を向けた。
口角を持ち上げて、平静を装う。
「空気、読みますんで」
美冬は目を細めて笑うと、きびすを返した。
部屋を横切る靴音。
それは隣の部屋と続くドアへと向かう。
「あ、おい! みふ……」
「レイヴン、クララにいろんなコト教えて? 私、足引っ張っちゃうかもしれないけど
一生懸命頑張るから。ね!」
引き止めようと一歩踏み出す真雪の腕にクララが抱きつく。
甘える視線で真雪を見上げるが、彼の意識は違う方へ向いていた。
「ねえ、レイヴンってばぁ!」
ダンデライオンの視線に真雪が頷く。
溜息混じりに髪をかきあげると、疲れた表情で天井を仰いだ。


一方。
美冬は、仮眠室として使っている部屋のドアを背に立ち尽くしていた。
明かりもつけていない、暗く殺風景な部屋。
外からのネオンの光に照らされてシルエットが浮かび上がる。
「変なの。あたし、すっごいイライラしてる」
自嘲気味な笑みとともに言葉が滑り落ちる。
ドアを隔てた、隣の部屋から笑い声が聞こえる度に心の中が暴れる気がした。
「アイツが誰と一緒にいようと関係ないじゃん、
別に付き合ってるワケじゃないんだからさ。腹立てるのなんて筋違いでしょ、自分」
小さく呟く声が、外からの喧騒に飲み込まれかける。
等間隔に踵を打つ音が室内に大きく響いた。

「……どうして、こんなにイライラするんだろう」

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