home > 小説 > > 4. 疑い

4. 疑い

「どうして、ちょっと明後日の方向をガン見するクセがあるだけで
霊感がある事になって、霊感があるとタロット占いが当たるって話になるのかなぁ」
唇を尖らせた美冬が、退屈そうにページを繰りながら言った。
「『風が吹けば桶屋が儲かる』じゃないんだからさ。考え方が強引すぎるよ。
なんか厄介事をナチュラルに押し付けられた気がする」
「タロット占い、ですか。学校の授業で使うんですか?」
『十二日未明、東京都中津区で会社経営・須藤 邦明さん五十二歳が
亡くなっているのが発見された事件で――』
「授業っていうか、文化祭でやる事になっちゃったんだよねぇ。
クラスの出し物で、占いと喫茶店やる事になったの」
不貞腐れた口調に、テレビから流れる無感情なニュースが重なる。
比良坂事務所の応接セットに座ったノクティルカは、正面に座った美冬と
彼女の手元を交互に見比べた。
「で、占いをする人はどうしようかって話になったら『美冬がいい!』とか言うんだよ?
理由はいっつも何もない方向を見てるからだって。ただボーっとしてるだけなのに!」
「でも、一般的にいうオバケの類は見えるじゃないですか」
「そりゃそうだけど、それはイレギュラーじゃん! ていうか、霊感があるのと
占いが出来るのは別じゃない? 霊感なくても当たる人は当たるし、
ダメな人はダメでしょ。あたし、占いどころかタロット自体、全然知らないのに」
窓の外には金色を帯び始めた日差しが、空の色を変えようとしている。
もうすぐ夕暮れの時刻になるのだろう。
景色もネオンや電灯が灯り始め、先ほどよりも靴音や人々の話し声が増えている気がした。
「まだ文化祭まで時間があるからいいけど、どこまで覚えられるかなぁ。
付け焼刃で他人を占うってどうなの」
「学校の行事で真剣に占いを依頼する人間はいないだろうから、
気楽に考えていいと思うけれどね。誰かの背中を押す仕事だと考えてみたら?」
「背中を押す仕事?」
「そう、『大丈夫』とか『うまくいっているよ』って。
難しく考える事はないのではないかな? どちらの道に行こうかと
枝を倒す事と同じだよ」
ダンデライオンが新聞から顔を上げると、美冬に笑いかける。
同意を求めるように彼が横を向くと、ノクティルカもまた薄く笑って頷いた。
「そっか。そうだよね!」
「はい。まず、貴方が楽しむのが大切だと思いますよ」
「うん! よし、とりあえずカードの意味を読んでよっと。
文化祭までに占い方とカードの意味はちゃんと覚えておかなくちゃいけないし」
足を等間隔でバタつかせながらページに目を走らせる美冬。
その表情は、どこか楽しげだった。
視界の端では、窓際の観葉植物の葉に空調の風が触れてひらめいているのが見える。
不意に美冬が何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、タロットって逆向きになったら意味が変わるのは知ってたんだけどさ」
「はい」
「死神のカードって必ずしも悪いってワケじゃないのね。
あれが出たら、無条件に悪い意味になるんだと思ってた」
「そうなんですか」
階下のパチンコ店の騒々しい音楽に紛れて、遠くで定時を知らせる放送が聞こえる。
ノクティルカの問いに頷く顔。視線はすぐに紙面に落ちた。
「えーと、十三番……の死神はと。死神は終わりと始まり、仕切り直し、
転換って意味だって。でもさあ、このカードってインパクトありすぎて
何も知らないと驚いちゃうよね」
「ええ」
「骸骨が馬に乗ってて、足元に死体が転がってるんだもん。
それに、死神って響きも……あれ? 所長、どうかした?」
ダンデライオンが眉間に深く皺を刻んだまま、
自分を見つめている事を不審に思った美冬が尋ねる。
前屈みになった状態で顔を覗き込んだ。
そこで、ようやく視線が集中している事に気付いたダンデライオンが我に返る。
取り繕うように笑みを浮かべると、穏やかに首を横に振った。
「いや、何でもないよ。ちょっと考え事をね」
「ふうん?」
『邦明さんの妻であるAさんは三度の結婚歴があり、いずれも元夫は死亡。
死因は――』
淡々とニュースを読み上げる声に視線を向ける。
前かがみになり、ひざの上に頬杖をついてテレビを見つめた。
「まーたやってんだ、この保険金殺人の話」
独り言のように呟く、あどけなさの残る声。
そこにはどこか呆れた響きさえ。
「まだ、そうと決まった訳ではないようですよ」
「え? でもこの奥さんが殺したんでしょ? 旦那さん全員。
ニュースとかで言ってたじゃん、死神って」
「マスメディアはそう決め付けているようですけれど、
実際のところは本人達しか分からないでしょうね」
口元だけで薄く微笑み、足を組むノクティルカ。
つられるようにテレビを見つめる。
「ともあれ、やったかどうかすら分からない人間を死神と呼び
犯人に決め付けるのは随分と乱暴だとは思いますが。
私には興味本位で煽っているようにしか見えません」
「まあね」
唸るような相槌に、新聞のページをめくる音が重なった。
テーブル越しに青い瞳が見つめてくる。
「旦那さんではなくて彼のお金に恋をしたのかもしれないし、
または『そういう人』なのかもしれない、という事だね」
ダンデライオンの言葉に視線を向けた。
美冬の顔に不思議そうな色が浮かぶ。
「愛する人が次々と死んでしまう人だっているかもしれないだろう?
例え、限りなく黒に近かったとしても黒だと決め付けてはいけないね。
思い込みは人を狂わせてしまうから」
「ええ、何も見えなくなってしまいますし」
「そっかぁ」
そう呟き、テレビに顔を向けた。
流れているのは代わり映えのしないものばかりだった。
憶測が飛び交い、神妙な面持ちで事件を解説する。
真実に近づいているようで遠ざかっている気がした。


「ん、なあに? ノクティルカさん」
隣からの視線に気がついた美冬が体を起こすと首を傾げた。
一見すると何の変哲もないオフィスのようにも見える事務所には
午後特有の穏やかな空気が流れている。

見つめ合う沈黙の後。
ノクティルカが美冬に手を伸ばし、髪に触れた。

思わず息を止めて見つめる。
ノクティルカの表情からは感情は読み取れずに美冬はただ戸惑った。
動揺している自分に気がつく。
瞬きを忘れた目が、せわしなく視線だけを動かして。
「ラプター」
わずかに耳に指先が触れる。
「ピアス、新しいものですか?」
「へ?」
「いえ。いつもしている物ではなかったので新しく買われたのかなと思いまして」
ノクティルカは手を引っ込めると目を細めて微笑んだ。
「あ、そうなの! ずっと悩んでたんだけど、昨日買っちゃったんだよねぇ」
「いつもされているものも可愛いですけれど、こちらも素敵ですね。
よくお似合いだと思います」
「ドゥフフ、ありがとー! 嬉しいっ!」
思いがけない言葉に一瞬驚いた表情を浮かべたが次第に笑みが顔中に広がっていく。
心なしか頬を赤くして口元に手を当てた。
「ね、所長。ノクティルカさんに褒めてもらっちゃった!」
「それは良かったね。僕のかわいい天使は何でも似合うからな」
笑顔を向けられて口の端を上げたままダンデライオンがタバコに火をつける。
閑散とした事務所内、遠くで足音が聞こえた。
「でも、よく気付いたね? 新しいピアスだって」
「分かるものですよ」
平然と答える声に感心した視線が注がれる。
「いつも見ているからね、ノクティルカは」
「……所長」
「へ? 何が?」
「何でもありません。こちらの話です」
咎めるような視線と言葉に紫煙を天井に吐き出しながら笑うダンデライオン。
美冬は取り残され、二人を見比べた。
「え、なあに? どういう意味?」
「ラプターは気にしなくて結構ですよ」
「ええ? 気になるよ」
不満そうな声を上げた時だった。

「お嬢、態度がハッキリしない坊主からノクに乗り換えちまったらどうだい?」
足音が近づき、落ち着いたアルトの女性の声が降りてくる。
美冬が見上げると漆黒の髪を無造作にまとめ、黒い着物を身にまとう女が楽しげに目を細めていた。
「サーペント」
「え? 乗り換えるって何?」
「さァて。これ以上言うとノクに叱られちまうからね」
「ええぇ!? なんの話? やだ、分かってないのあたしだけぇ!?」
「分からなくて結構ですから」
顔を背け、ため息をつくノクティルカがサーペントを軽く睨み。
無言のまま視線で何かを訴える。
「真雪から乗り換える? ノクティルカさんってチェイサーだっけ?」
「いえ、違いますが」
「呆れた。まったくどれだけ鈍いんだい、お嬢」
サーペントはダンデライオンの隣に座ると苦笑を漏らした。
キセルをくわえた赤い唇がわずかに上がる。
「まぁ、その鈍さもラプターの魅力だよね」
「なんか微妙に悔しい上に褒められてる気が全然しないんだけど」
唇を尖らせ、不満そうに言う美冬を他の三人が笑う。
頭上の空調が柔らかな空気を吐き出していた。

「そうだ、ラプター。昨日なにか相談があったんじゃなかったのかい?」
窓の外を眺めていたダンデライオンが何かを思い出した表情を美冬に向けた。
「昨日は忙しくて話が聞けず済まなかったね。今、ここで話せる内容かな?」
テーブルの上の灰皿に灰を落としながら尋ねる。
美冬は動きを止めた後、急に表情を曇らせた。
「……まぁ、話せると言えば話せる事なんだけど」
「けど?」
言いずらそうな声。
窓の外から差し込む日差しがオレンジ色を帯び始めていた。
すぐそこまで迫る夕暮れ。
窓辺に置かれた鉢植えの葉に強い日差しがとまる。
「何か、下らない事なの。悩んでる馬鹿馬鹿しいっていうか」
「まずは話してみてはいかがですか?」
「ノクの言う通りさね。話してごらんよ、お嬢」
促され、戸惑いがちに頷く。
翡翠色の瞳がダンデライオンを見つめた。
数秒間の空白の時間。
部屋には音が消えた。
「あのね、所長」
唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。
集中する視線と、次第に色を変えていく空気。

「真雪って、実は女の子なんじゃないかって思うんだけど」

言い終わるかどうかのタイミングで、美冬の隣から吹き出す声が聞こえた。
ノクティルカが俯いたままで肩を震わせている。
目の前には唖然としたまま静止するサーペントとダンデライオン。
「どっから出てきたんだい、その突拍子もない考えは」
「……何故そんな事を?」
向けられた疑問に美冬は目を伏せた。
言葉を選んでいるらしく落ち着きなく髪に触れる。
「始めはね、冗談みたいな思い付きだったの。
真雪って神経質で細かいじゃない? 顔立ちも女の子っぽいトコあるし、肌綺麗だし睫毛長いし。
何かの拍子に『アイツ、女なんじゃね?』って思ったら気になっちゃって」
「そういう目で見れば見る程、そうにしか見えなくなってしまったという事ですか?」
「そうなの」
ため息混じりに頷いた。
それぞれが何かを考えているかのような沈黙が漂う。
「なんてェか、すぐに否定できない所が悲しい所だね」
「確かにレイヴンは男らしいというタイプではないな。
けれど、れっきとした男の子じゃないか。ラプターだって裸くらい見たことあるだろう?」
「な、ないよ! そんなの!!」
平然と尋ねるダンデライオンに、美冬が慌てたように首を横に振って答える。
「それに、うーちゃんが言ってたもん。『男は自分の部屋の中では全裸だ』って。
でも、アイツ全裸どころか上半身裸になった所も見た事ないしさ」
「……ウォークライ、間違った知識を教えてますね」
「ああ。でも、坊主の声は男じゃァないか」
「でも、ああいう声の女の子だっているよ? うちのクラスの小池さんとか」
美冬が唇に指を当てて小さく唸る。
「お料理とかパンとかお菓子も作るでしょ? 冬はマフラー編んでくれるしさ。
名前だって、女の子って言っちゃえば納得できる気がするし」
「下手するとラプターよりも女の子らしいよね」
「……所長、噛むよ」
タバコを指で挟んでダンデライオンが押し殺すように笑う。
何かを言おうと口を開きかけた時、何者かが階段を上ってくる気配を感じた。
一同の視線がドアに集中する。

「たでーま。いやー、鶏肉と醤油が安かったわ」
ドアを開ける気配と共に
食材を入れた袋を肩にかけた黒いスーツ姿が鼻歌混じりで姿を現した。
「なんだ。美冬が居るんだったら一緒に行って、もう一本くらい醤油買ってくりゃ良かったな」
「おかえりなさい、レイヴン」
「おう。今日さあ、豆腐屋で油揚げ買ったらオカラもらったんだよ。
何にすっかな? 卯の花作るか、それともクッキーかパウンドケーキでも焼くか」
機嫌のよさそうな笑みを浮かべて真雪は、ソファの間に備えられたテーブルにバッグを置く。
そして、しばらく経ってから自分に視線が集まっている事に気がつき片眉を上げた。
「……なんだよ、みんな俺見て。真面目な話してた?」
「そういうわけではないよ」
「あ、そう? なんだ、空気ぶち壊したんかと思っちまったじゃん」
一瞬動きを止めたが、自分を観察するような場の空気には気にも留めずに
口の端に笑みを浮かべる。
美冬は目の前の自分のパートナーを観察するように凝視した。

何も言われず、何の疑問も持たずに彼を見れば誰もが男だというだろう。
どちらかと言えば細身の体型で、中性的な顔立ちはしているが。
けれど、もし女ではないかと疑問の目で見たら一気に違うものに見える気がした。

「美冬、どうかしたか?」
我に返った美冬の目の前にいぶかしげに見つめる真雪の顔がある。
「腹でもいてえか?」
「そんな事ない」
「多い日?」
「ぶん殴るわよ」
「あ、分かった」
真雪は袋をまさぐると美冬に煎餅とレーズン入りのビスケットの袋を手渡した。
おもわず怪訝な瞳で見上げる。
「腹減ってんだろ? ああ、でも夕飯前だから一枚だけだぞ」
「あのね」
「礼はいらねえって。このくらいお見通しだ、俺には」
顔を仰ぐように手を振ってみせる。
真雪には、美冬の隣で笑いを噛み殺しているノクティルカは見えていないらしい。
「レイヴン」
ダンデライオンがタバコを灰皿に押し付けながら声をかけた。
手元の煙が名残惜しそうに消えていく。
「君の席に仕事の詳細を置いておいた。早速、今日の夜にでも宣告してほしい」
「ああ、死神の方ね。了解」
真雪は軽く数度頷くとソファの側から離れた。
遠ざかる靴音。

「さて、ラプター。君にも仕事を与えよう」
真雪の背中を見ていた美冬がダンデライオンの声にはじかれたように姿勢を正す。
自然とサーペントとノクティルカの視線も二人に向けられた。
「仕事?」
「そうだよ、僕のかわいい天使。君にしか出来ない仕事だ」
額に落ちる髪を手で軽く払い、伏し目がちで微笑む。
「あたしにしか?」
「ああ。今回の仕事はレイヴンが本当に男かどうか確かめる事」
「いぃい!? マジですか」
「僕はいつだって本気だよ。いつまでも疑ってるより、
ひん剥くなり握ってみるなりして多少強引にでも確かめる方がいいと思うんだ」
のけぞる美冬にダンデライオンが満面の笑顔で頷いた。
自分のデスクの前で書類に目を通す真雪が見える。
「いや、あたしが握ったり揉んだりするのは問題あるんじゃないかなぁ?」
「だって僕やノクティルカがやったら、そっちの趣味があるみたいで危険だし
何よりもサーペントが確かめようものなら本気でレイヴンが食われるからね」
「……どういう意味だい、そりゃア」
サーペントが低く呟いてダンデライオンの腕を軽くつねる。
美冬が思案するように唇を噛んだまま、微動だにしない状態で。
やがて。
「分かった」
立ち上がると、スカートの裾がやわらかく揺れる。
「不肖・藤堂 美冬! 確かめてくるでありますっ!」
「健闘を祈る、ラプター」

靴音が近づいてくる。
「今回のターゲットの中津区の須藤ってどっかで聞いたんだけど、何だっけ?」
真雪が書類片手に呟きながらソファへと歩いてきた。
髪をかきあげる仕草。
ふと、視線を感じて書類から顔を上げる。
「なんだよ、美冬」
「ちょっとツラかせ」
「ダメだ。買ってきたモン冷蔵庫に入れて、肉小分けにしなきゃいけねえんだっつーの」
「それは後。ね、隣の部屋いこ?」
「すぐ終わるから待ってろよ。しかも俺、まだ手ェ洗ってねえし」
言葉も終わらないうちに美冬が真雪の腕を掴むと強引に奥に見えるドアへ向かう。
整然と並ぶデスクの間をよろけながら引っ張られていく真雪。
「おい! ちょ、待て! こら!
ノクティルカ、そこのバッグに入ってんの冷蔵庫に入れといてくれ!」
わずかに慌てたような声を残し、ドアは閉じた。
残された三人の視線はドアに張り付いたままだった。


「……毎回言うが、何でお前は話をする時に人を押し倒すんだ」
ソファに仰向けに寝そべったまま、呆れた口調で真雪が呟く。
正確には寝そべっているわけではなく、ソファに押し付けられているのだが。
美冬はソファにひざを乗せ、真雪の肩を押さえつけたままで顔を覗き込んだ。
「ねえ、真雪」
二人の顔を隠すように、美冬の髪が垂れる。
辺りに響く、まるで足音のようにも聞こえる時計が時を刻む音。
硬質な色ばかりの何もない部屋に、外からの毒々しい色の光が入り込んでいた。
もうすぐ訪れる終末の時刻。
その色は、終わりを告げる鮮烈のオレンジ。
「あたし達、組んでからどのくらい経つ?」
「一年じゃねえの?」
「うん、そうだよね」
ネクタイの結び目に手をかける白く華奢な指。
それを一瞥した後、真雪は自分を見つめる顔を眺めて苦笑を漏らす。
「どういう風の吹き回しだ? 美冬」
「なにが?」
「誤魔化すな。何考えてんだよ」
美冬は真雪の上に覆いかぶさるような姿勢のままで、眉を上げてみせる。
「あたしね、隠し事って良くないと思うの」
「ああ、そうだな」
ネクタイがほどかれ、そのまま地面に落ちる。
「どんな理由があるにしろ、あたしと真雪の間に秘密はいらない。でしょ?」
「ああ。つーか、この体勢でする会話じゃねえと思うんだけど」
「そう? まあ、いいや」
「よくねえよ」
美冬の指が真雪のシャツのボタンを外す。
見つめ合う時間。
息の詰まる視線。

「真雪、あたしに隠し事してるでしょ?」

美冬の唇が動く。
口元に苦笑を浮かべていた真雪が真顔になる。
わずかに眉を潜め。
「浮気はしてねえぞ」
目を細めるようにして再び笑う。
美冬は横を一瞥した後、軽く睨んだ。
「付き合ってもいないのに浮気もクソもあるか」
「ま、そりゃそーだ」
「そうじゃなくて。他に隠し事あるでしょ? 大事なこと」
「あのなあ。普通、話すんのに他人押し倒したりしねえんだぞ。
しかも忘れてるかもしれねえけど、お前は一応女だろ」
「話をそらすな、ばかちん」
指同士をこするようにしてボタンを外していく。
真雪の胸元が少しづつあらわになる。
「つうか、俺はお前に隠し事してるっつー自覚はねえから。
お前が何を指して隠し事って言ってるか……」

「あれ? 男だな」

言いかけた言葉は美冬の独白にかき消された。
真雪が怪訝そうに見つめる。
その先には、自分のシャツの中を覗き込む美冬の姿。
「待て。今、何て言った?」
怪訝と微量の怒気の混じる低い呟き。
美冬はシャツから顔を上げると、わざとらしく満面の笑みを浮かべていた。
「あたし、真雪君のコトだーいすきっ」
「ごまかすな」
「いやー、素敵な青空」
「目をそらすな」
「ドゥフフ。美冬ちゃん、ちょっくらカワヤヘ」
逃げようとしているのか、真雪から身体を離して後退しようとしている。
美冬の手首を真雪が掴んだ。
「待て」
睨む視線。
「……お前、もしかして隠し事ってそれか?」
「な、何のことよ」
「さっき言ってたじゃねえか、隠し事がどーのこーのって。
そりゃ、アレか? 実は俺のこと女だとか疑ってたっつーオチか?」
「そ、そんな事ないもん」
真雪が身体を起こしてソファに座り直すと、美冬をまっすぐに見据えた。
「『どうしてバレたんだろ』って聞こえたぞ」
「言ってないもん、そんな事!」
立ち上がる気配。
美冬が見上げると、真雪は彼女の両肩を軽く押すようにしてソファに座らせた。
何かが落とされるような音が大きく響く。
「え、な、何よ」
「俺が男だって証明すりゃいいんだよな?」
「え……いや、その」
覗き込む赤紫色の瞳。
美冬はソファに座ったままで慌てふためいた。
「わ、ちょっと! 待って! ちが、やだ。ごめんなさい」
「遠慮すんなって。知りたいんだろ?」
「わぁああああ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「お仕置きだ、美冬」
「ぎいいいいやぁあああああああああ!」
悲鳴にも似た謝罪の言葉が響く。
真雪は美冬のジャケットのボタンを外すと、肩を揺らすように笑った。

新しい記事
古い記事

return to page top