home > 小説 > > 3-2 黒衣の死神

3-2 黒衣の死神

視線を感じる。
真雪は静寂の中で視線だけを動かして周囲を見渡した。
辺りにあるのは両側にひしめく建物。
そして、時折窓辺に現れるシルエットと複数の視線だった。
おそらく外で聞こえた激しい音と、ただならぬ気配に気付いた人々だろう。
ここで騒ぎを大きくする訳にはいかないと頭では分かっているものの
張り詰めた均衡の中では、どうする事も出来ず。
ただ前を見据えた。
「悪いんだけど、お前と遊んでる場合じゃないんだわ。別の日にしてくれよ」
つとめて平静を装うが、隠し切れない怒気が言葉の端々にはらむ。
強く吹いた凍る風にコートの裾がひらめいた。
今まで感じていた空気の冷たさは、どこかに消え失せている。
「なるほど。では出直そう、とでも言うと思うたか」
アブソルートは口の端を歪めた。
大鎌で等間隔に肩を打ちながら、目の前で警戒感を漂わせる二人の死神を睨む。
「まずは己が身の心配をせよ。用事以前に命を落とすかもしれんぞ」
「脅しなんざ効かねえよ。それより質問に答えろ。俺達が何かしたか?
お前に狙われる筋合いなんざねえんだけど」
「笑わせる。どこまでも、おめでたく出来ているようだ」
吐き捨てるように言った。
馬鹿にした笑み含みの声に、美冬が表情を不愉快そうに歪ませる。
強く唇を噛んだまま無言で佇んでいた。
この場に喧騒は届かず、無意識に息をひそめてしまう程の静寂が立ち込める。
動く物はない。
誰もが無関心を装いながら、物陰で様子を窺っている気にさえなった。
「真面目に答える気はないワケだ。まあ、予想通りって……と」
突然、真雪の言葉が途中で消えた。
不審に思った美冬が隣を見ると、険しい表情のまま口をつぐんでいる姿がある。
目をせわしなく動かしながら周囲を窺っていた。
「ちょっと場所変えた方がいいな」
「真雪!」
「仕方ねえだろ。ここは人目があるし、もし誰かに警察なんざ呼ばれたら
もっと面倒な事になるぞ」
不機嫌な色があらわになる。
髪をかきあげる仕草のままで美冬を見下ろす赤紫色の瞳は有無を言わせない強さがあった。
視線を合わせたままで黙る美冬。
それは、聞こえない言葉で会話している風にも見える。
「それにコイツは何としても俺達を狩るつもりだろうし、場所的にも不利だ。
もし逃げようもんなら普通の奴等に被害が及ぶ可能性があるからな」
「そりゃそうだけど」
「手段を選ばねえお前の事だ。ここが駅の近くで、どんだけ人がいようと
気にしねえで踊るだろ?」
向けられた問いにアブソルートが声を出さずに笑った。
その目には敵意に満ちた不敵な色が宿る。
数秒の間が沈黙を運ぶ。
「物分りがよくて助かる。状況が読めぬ阿呆ではないと言う事か」
緊迫した空気の中、大鎌の刃が鋭い光を放っていた。
背中を向け、顔だけを二人に向けたアブソルートが顎で前方を示す。
「では移動しよう。こちらだ」
静止した景色の中で靴音だけが遠ざかっていく。
漆黒に飲み込まれそうな後姿を見ながら、美冬と真雪は険しい表情で顔を見合わせた。
 
 
辿り着いたのは事前にイレギュラー発生地点としてギルドより知らされていた場所だった。
二人の目的地であったそこは、建物が乱立していた今までの景色から一転
背の低い家屋に囲まれた、荒れたままで放置された雑居ビルの跡らしい空き地だ。
転がるコンクリートの残骸、伸びるに任せた雑草の群れ。
繁華街からは遠く、何もない上に袋小路である場所に人影などない。
「で、改めて聞くけどさ」
真雪は黒の革手袋を嵌めた手で耳に装着したインカムの通話ボタンを押す。
視線は正面に立つ、大鎌を肩に乗せた姿勢で佇むアブソルートに向けたままで。
「何で俺達を狙うんだよ。此岸にとって邪魔な奴等なんて他にいるだろ?
天下のエクスキューショナー様が、こんな末端のチェイサーに構ってるヒマなんてないと思うんだけど」
「うぬは己が何者か分かっておらぬ」
「何が言いたい?」
「言葉通りだ。うぬらはエニグマという名の危険因子ではないか」
表情を変えない二人の口調は世間話をしているようにさえ聞こえた。
だが、そうではない事を空気が語る。
どこからか漂う血の匂いと、明らかな殺気。
誰からも忘れ去られたこの場所が非現実的な色で満ちていく。
真雪は口を開きかけて止まった。
違和感を感じて隣を見ると。
「危険因子はどっちよ」
今まで押し黙っていた美冬が不快感を滲ませた顔を上げた。
苛立っているのか、靴が等間隔のリズムを刻んでいる。
強く吹いた風に髪が乱れる事も気にせず、その場に仁王立ちしていたが。
ショートソードを持つ彼女の手は小刻みに震えていた。
「あんた達の方がよっぽど危ないじゃない。あんだけ派手に人狩りしててさ、
アレは正義の為だとでも言うの?」
「そんな物は初めからない。正義など妄想の別名だ」
遠くで電車が走り抜ける音が聞こえる。
それはまるで幻聴のようで、耳に届いた側からすり抜けていった。
視界の端で点滅する外灯の光を気にする余裕はない。
誰一人、視線をそらす事もなく見据える。
「じゃあ何で? あんたは何で人を狩るの?」
「全ては此岸の為。我等は主の思し召しにより動いておる。正義や私欲などに興味はないわ」
「そう、ご立派だこと。奉仕活動でもやってるつもり?」
「……美冬、相手を刺激するな」
たしなめる言葉も今の彼女には聞こえていないらしい。
怒気を含んだ視線が真雪を一瞥するが、すぐにアブソルートに向けられた。
漆黒の中で佇む三つの黒い影が静かな夜の雰囲気を変えていく。
「あんたの飼い主がどんな奴かは知らないけどさ。帰ったら伝えてよ、
『死神はどっちだ、クソ野郎』って」
「主への冒涜は許さん」
「間違った事は言ってないわ。なんだか、どっかの変な宗教みたい。
あんた達の乱暴な考えで、どれだけの人が犠牲になってるか知ってんの!?」
荒げた声が響いた。
人が住んでいるのかも分からない死んだ街の中に音が吸い込まれ
すぐに静寂が戻ってくる。
ここは現実に似た異空間なのではないかと錯覚してしまう。
「……話しても無駄か。ガッカリだわ。
あんたは所詮死神で、人が狩れるなら理由なんてどうでもいいんだね」
聞こえていないのではないかと疑いたくなるほど、表情を崩さないアブソルートに
美冬が苛立ち気味にため息をついた。
凍る外気の中で暑さを感じるのは怒りのせいか、それとも。
強く唇を噛む。
「己が内に住む鬼を知ってから言え。今のうぬ等には分からぬだろうさ」
持ち上げられた大鎌が銀色の大きな弧を描いた。
わずかに後退する左足。
美冬が渇いた口の中で唾を飲み込み、ショートソードの束を握り直した所で。

「あの鎌がクセモノだな。攻撃範囲が広いから、いつもの闘牛スタイルは通用しねえぞ」
隣に並んだ真雪が正面を見据えたままで小声で切り出した。
片手をポケットに突っ込んだ格好で落ち着いているように見えるが
警戒感をみなぎらせ、既にスキルが出せる状態である事を美冬は知っていた。
その証拠に自分の内側では、注意深く周囲を観察している声が聞こえる。
「でも、あの武器は一撃のモーションが長いから。その隙を狙って懐に入ればいいと思う」
「出来そうか?」
「あたし達にはスキルと鎌よりモーションの短い武器がある。出来なくはないわ」
どちらからともなく顔を合わせ、笑おうとするが
こわばった口元がぎこちなく動いただけで、すぐに真顔に戻った。
息苦しさを感じながら必死で冷静になろうとする。
呼吸を整えようとすればするほど鼓動が大きくなっている気がした。
「真雪、スキルであいつの気をそらして」
「それは出来るけど」
美冬と見つめ合った真雪が眉間にしわを寄せた。
彼女の目の奥に何かを見たのか、聞こえない声を聞いたのか。
「……あぶねえだろ」
「他に方法はないでしょ。大丈夫だって」
「でも」
「じゃあ、そういう事で」
渋い表情を浮かべる真雪に美冬が小さく笑いながら頷く。
目の前には漆黒の死神、距離にして数十メートル。
イレギュラーなどの気配も感じない。
肌に痛いほど伝わる緊張感に思わず目を細めた。
「おい、美冬」
一歩を踏み出そうとした所に声を掛けられ、足を持ち上げた格好で振り返る。
真雪は呼びかけたものの言葉を選んでいるらしく、続く言葉はなかった。
視線が彷徨っているのが分かる。
「どうしたの?」
アブソルートに注意を払いながら尋ねる声。
「お前、本当に大丈夫か」
一瞬、投げられた言葉の意味が分からずに動きを止めたが。
美冬は何を思うのか、自分の手に視線を落とした。
不意に訪れた沈黙、そして。
「大丈夫。何の問題もないわ」
言い聞かせるように呟く声が靴音でかき消される。
その横顔には感情はなかった。
空白。
全ての音が消え、動きを止めた瞬間。

「来い、此岸の塵となれ」

アブソルートの手が招く。
その言葉は合図となり、世界は一斉に動き出す。
銀色の残像が大きく漆黒の闇を切り裂くのが見えた。
アブソルートは美冬めがけて駆け、大鎌を後方へ振り切ったらしい。
鼓動と風を切る音が混じり合い、遠くからの喧騒が消え失せた。
「レイヴンより、比良坂へ!」
淡い光を右手に宿した真雪が怒鳴りながらアブソルートを指差す。
その動きに呼応するように鋭い音と共に地面から複数の矢に似た光が突き上げた。
それは鎌を持つ死神の足元を狙い、射抜こうとする。
「現在、敵からの襲撃を受けて交戦中。敵一体、アブソルート!」
だが、それは紙一重の所で避けられていた。
光から生じた風がアブソルートのコートや髪を巻き上げる。
それを見た真雪は口元を歪めて舌打ちした。
「さすがに真正面からの攻撃は当たらねえか」
『こちらサーペント。あんた達、エクスとやり合ってるって一体……』
「そんなん、こっちが聞きてえよ! いきなり降って湧いたと思ったら難癖つけられた!」
耳障りなノイズの後に聞こえたインカム越しの声を遮る形で答える。
その声は普段と変わらず冷静だったが、どこか困惑していた。
真雪は前方を睨むと手に宿した光の球を地面に叩きつける。
土埃を上げながら波状の光が走った。
その姿は地中を泳ぐ魚の背びれに似ている。
『まったく。相変わらず器用にトラブルに巻き込まれるねェ、アンタ達は』
「姉御、親父は?」
『さァて? 事務所に居るのはあたしだけさね。とりあえず理由を
探ってる場合じゃなさそうだ。他の連中にゃア、あたしから連絡しよう。
アンタは目の前の坊やを片付けな』
離れた位置から聞こえる衝撃音がサーペントの声を掻き消す。
どうやらスキルはブロック壁にぶつかったらしく、轟音が響き渡った。
土煙と薄暗さで視界は悪いが、アブソルートに当たった感触はない。
もともと目くらましが目的だ。ダメージなんて期待していない――真雪は心の中で呟くと
瞳をせわしなく動かして周囲を観察する。
隣で黒い影が走る。
大きく空気が動く気配と、視界の端に見えた鮮やかな緑色の残像。
美冬が駆けた先にはアブソルートの大鎌の刃と思しき光があった。
この漆黒の中でも、それは禍々しく輝く。
『言っとくけど、適当にあしらって逃げようなんて考えるんじゃないよ。本気でタマ取りにいきな』
「分かってるよ。マンハントは専門外だとか、そんな事言ってる余裕はねえ」
そう話している間にも真雪の視線は二人を追い続けていた。
右足を後退させ、わずかに腰を落として構えた姿勢で。
「うぬは我の懐に入ろうとしておるのか。それは真っ当な判断だ、我の鎌では届かぬものな」
「……るせえ!」
懐に入ろうとした美冬の動きを見透かしていたのか、アブソルートは薄笑いを浮かべたままで
後ろへ大きく跳ねた。
それを阻止しようとショートソードで大きく横へ薙ぐが、コートに触れる事も出来ない。
強く奥歯を噛み締め、肩で息をする美冬の横を光の球が通り過ぎていった。
弾道を念じるように凝視する。
『そう、アブソルートはそんな生半可な気持ちでやれる相手じゃない。
ちょっとでも逃げの姿勢を見せたら逆に喰われちまうからね』
「ああ」
『10分でいい、時間を稼いどくれ。その間にあたしが何とかしよう。
でも、くれぐれも無茶はするんじゃないよ。よく見りゃ必ず隙はあるもんだ。いいね?』
「レイヴン了解」
息苦しさの中、押し殺した声で答えた。
派手に立ち回っているにもかかわらず、周囲は沈黙を保っている。
自分達の立てた音だけが尾を引きながら消えていった。
線路を隔てた向こう側に賑やかな街の灯が見える。
けれど今は他人事でしかなかった。
ここにあるのは濃い夜気と夜の中で蠢く影。
そして、荒れ果てた墓に似た景色。
「ああ、でも」
『ん?』
「……ちょっとヤバいかもしんない」
小声で切り出す。
黙り込んだサーペントの無言は真雪に疑問を向けていた。
目に見えないはずの怪訝が伝わる。

「美冬の様子が変だ」

真雪の放った球状の光が大鎌に吸い込まれたように見えた。
にわかに周囲が明るくなったのは、それらがぶつかり合った為か。
防御の姿勢をとったアブソルートを美冬のショートソートが狙う。
耳をつんざく金属音。
フードをかぶった死神は大きく鎌を回すと、刀身で美冬の攻撃を受け止めた。
「く……っ!」
歪んだ口元から苦しげな声が漏れる。
美冬は震えるほど力を込めているというのに、アブソルートはまったく表情を崩していなかった。
軽い力で、いなしている風に見える。
「終わりか、死神?」
フードの下に見えた目には静けさと明確な殺気が同居していた。
からかう響きのある問いに美冬が苛立たしげに口を開こうとした瞬間
力の均衡はあっけなく崩れ、ショートソードは弾かれる。
バランスを崩す美冬。
踏み出した右足で踏ん張って倒れそうになるのを堪えたが、それは隙を生む事になった。
視界の端に銀色の残光が見える。
咄嗟に危険を察知し、ショートソードを盾代わりにしながら防ごうとするも
鎌の切っ先が美冬に辿り着くのが早いか。

この状態からアブソルートの攻撃を完全に避ける事は出来ないだろう。
美冬は、そう思いながらショートソードを強く握った。
確かにこの状況は良いとは言えないが、チャンスがない訳ではない。
攻撃を繰り出した時に隙が生じる。
大鎌は一撃の動きが大きく、それが顕著となるからだ。
ならば、ある程度のダメージを覚悟して一撃をくわえるべきか。
翡翠色の瞳が素早くアブソルートを観察した。
どこを、どう狙うべきかと探る。

「美冬!」
背後から真雪が声を上げた。
アブソルートの大鎌は美冬の腕を狙っている。
その動きは速く、スキルを出しても間に合いそうにない。
離れた位置にいるというのに風を切る音がやけに大きく聞こえた。
「後ろに避けろ!」
だが彼女は避けようとせず、アブソルートを睨んだままで動こうとしない。
鎌の刃が美冬の腕に襲い掛かると同時にアブソルートの脇腹をショートソードが刺そうとしていた。
赤い飛沫が見えたのは錯覚か。
食いしばった美冬の唇が短く呻き、眉間に深くしわを刻む。
一瞬の静止の後、右腕を斬った大鎌をショートソードが払った。
同時に起きたのは力の衝突。
繰り出された攻撃に気付いたアブソルートが間合いを広げようと一閃した拍子に、
美冬が後方に引きずられる。
一瞬が数秒に感じた。
「みふ……おい!」
「ダメージは入ってる。多少ダメージを食らってでも一発当てればいいんだ」
「その方法は駄目だ、美冬! 大丈夫か、お前!?」
肩で息をする美冬の背中に真雪が怒鳴る。
声は殺気を帯び、意識ははっきりしていたが、うわ言のように同じ事を繰り返していた。
まるで憑かれてるような表情。
攻撃を食らった右腕からは出血しているらしい。
黒いスーツである為に見えにくいが手の甲に赤い筋が出来ているのが見える。
全て漆黒に飲み込まれたこの場で、その色だけが鮮やかに写った。
「当てようと思ったら食らうのは覚悟しないと。そうじゃなきゃ勝てない」
「美冬!」
苛立ちや怒りに支配されていると思った声は冷静で。
再度声をぶつけるものの、聞こえているかは分からなかった。
真雪は詰め寄って肩を掴みたい衝動に駆られたが、そんな事をしたら相手に好機を与える事になる。
その場にあるのは、肌に突き刺さる緊迫感と漠然とした不安だった。

「あんたとは、どっかで分かり合えるんじゃないかって思ってた」
対峙したまま微動だにしない状況を動かしたのは、美冬の独白に似た言葉だった。
世界は凍りついたように静止し、睨み合う時間が続く。
攻撃するタイミングを探っているのか。
「ゲーム感覚で狩る、そこいらのチェイサーとは違うって。
あたし達は、どこか似てるって思ってたのに」
景色が夜と同化していた。
足をわずかにずらすだけでも音が生まれ、その度に静寂が濃くなっていく。
普通であれば人外生物を含めた、生きている者の気配や正体不明の視線がありそうなものだが、
この場に関しては全く感じられなかった。
『死んだ』という表現が相応しい場所。
「笑わせるな、うぬと分かり合う日など来ぬ。馴れ合う気はない」
「いつも、そうやって他のモノを排除するよね。別にいいけどさ。
でも分かろうとしなきゃ、あんたはいつまで経っても死神のままだ」
「我はこの道を自ら望んだ。それ以前に死神に死神と言われとうないわ、彼岸の道標よ」
アブソルートは目の前に対峙する少女を見据えた。
口を真一文字結んだ顔に感情はなく、冷酷な印象を持つ。
ポケットに片手を突っ込み、肩に大鎌を乗せた格好は何の注意を払ってないように見えるが
美冬が、わずかに動く度に目が過敏に反応していた。
「……死神って言うな」
「何が違う? うぬの行く先には必ず死があるではないか」
怒りを押し殺した声に答える、不敵な笑みを含んだ声。
離れた位置から届く光で地面に淡い影が落ちる。
会話が途切れ、生まれた無言。
視線はぶつかり合い、探ろうとしていた。
「常に人が死に、ある時は死者が蘇る。そして此度は終わったはずの突然死が
息を吹き返した。これでもうぬは己を死神でないというのか」
「人を死神っていうな!」
響いた怒声。
今まで俯いていた顔を上げて、噛み付く勢いでアブソルートの言葉を遮る。
空気が変わっていく感覚。
真雪がいぶかしげに眉を寄せたままで固まった。
ショートソードを握り締める手が震えている。
「あたしは死神じゃない! そんなの望んでなんかない!」
「美冬、待て!」
「どいつもこいつも、あたしが殺したみたいに!」
「あいつはお前を煽ってるだけだ。落ち着……」
なだめようとするが言葉は届かず。
美冬は怒鳴りながら何度も大きくかぶりを振っていた。
スローモーションで長い髪が揺れる。

内側に滲む動揺と怒りに、真雪はわずかな焦りを感じた。
この状況で怒りに任せて突っ込めば逆効果で、相手の思う壺だ。
アブソルートは、おそらくそれを狙っているのだろう。
美冬をなだめようにも頭に血が上った状態で聞こえていない。
だからと言って、落ち着かせる術を知っている訳でもなかった。
唇を噛んで脳裏で考えを巡らせては選択肢を打ち消していく。
心の中は焦るばかりだ。
真雪自身も分からないが、内側で警鐘が鳴っている。
『美冬を怒らせてはいけない』――それは直感か、予感か。

「あたしは死神じゃない!」
そう吐き出すと同時に、美冬は持っていたショートソードを前方に向かって投げた。
素早く反応したアブソルートは大きく踏み出すと、力任せに袈裟懸けにし
自分に襲い掛かるショートソードを叩き落す。
火花さえ見えそうな鋭い音が辺りに響いた。
地面に落ちるのが合図であるように相対した二つの影が同時に駆け出す。
鎌を振り上げる姿を視認すると、美冬はショートソードを逆手に持ち替え。
風が唸る。
「ったく、突っ込むなっつーのに!」
真雪が独りごちながら握った手を広げる。
そこにあったのは淡い光。
投げるモーションと共に地面に触れそうな高さを滑っていく。
それは美冬と併走し、アブソルートを狙っていた。

『もうすぐ 二つの 夜が 来る』

美冬の耳元に息が留まる感覚があった。
間近に聞こえる声に動きを止めかけたが、すぐに何者であるかを察する。
流れる景色の中で黒い袴姿の少女を見た。
死兆星。
それは死期の近い人間の前に現れる、死の象徴といわれる存在だった。
『夜の 前に あるのは 黄昏』
空き地の入り口で無感情な瞳のまま見つめる彼女が、死神達を見ているかは定かではない。
風に衣を揺らす事もなく、幻のように佇む。
「逃がさない!」
美冬がショートソードを大きく後ろに振ると、力任せにアブソルートを薙ごうとした。
生まれる横一直線の銀色のライン。
だが、それはわずかに乱れた足音と共に避けられた。
アブソルートは畳み掛けるように迫る、後方からの光の球と共に美冬を斬ろうとする。
『人が 黄昏を 愛するのは それが 終末ではないと 知っている から』
アブソルートが攻撃を繰り出した先にあったのは、スキルのみだった。
大鎌で斬られた光は細かく飛び散りながら消えていく。
光の粒子が辺りに舞っていた。
アブソルートの舌打ちが漏れる。
『繰り返し 日は 自分の前に 現れると 信じている』
抑揚のない声を聞く度に耳の近くに顔がある錯覚に陥った。

刹那。
後ろへ跳ねて攻撃を回避した美冬が血で塗れた手を横へ向ける。
何かを掴もうとしているのか、手のひらを空に向けて差し伸べた。

「……おい」
その光景を見た真雪が動きを止め、低く呟いた。
瞬きも忘れて前方に立つ少女を見つめる。
顔は見えないが、彼女がどんな表情をしているのか分かっていた。
流れ込む不気味なほど静かな感情。
今までの激しい怒りも苛立ちもなく。
足は地面とくっついたように動かないまま、そこから悪寒が駆け上がっていった。
寒さなど、とうに感じていない。
雰囲気が変わっていくのが分かる。
足元を這う重い空気を知っていた。
死臭だ。
「みふ、ゆ?」
この感覚は初めてではない事に真雪は気付く。
そして、異変を感じたのは自分だけではない事も。
目の前に立つアブソルートも眉を寄せたままで美冬を凝視していた。
心がざわつき、訳もなく動揺する。
『だが 黄昏が 終わり もう 朝は こないと 知ったら』
「……夜が始まるよ」
『君は 泣く だろうか』
「教えてあげる、本当の夜と永遠を」
美冬の声と死兆星の声が重なり合う。
鼓動が響き、外に漏れ聞こえているのではないかと思った。
そして。

大きく口を歪めて笑う美冬。
それに呼応しているのか、今まで地面に転がっていたショートソードが
引きずられながら動き出し、彼女の手に引き寄せられていった。
見えない糸で引っ張られているかのような光景。
剣自体が意思を持っているのかと思いたくなる。
美冬は、かたわらに浮かんだショートソードを掴むと。
嬉しそうに目を閉じて、大きく深呼吸した。

真雪は知っている。
この死臭を、この胸騒ぎを、この雰囲気を。
半年前の東京タワー、そして数日前のイレギュラー討伐で『彼女』と会った。
殺気と死臭をばら撒き、静かだった夜をたちまち恐れの色に塗り替えていく。
自分と繋がる半身であり、対の存在。
そして、それは死であるという。

「……エニグマ、の……ヨイ」
呆然としたままで呟いた。
どうにかしなければと思う反面、考える側から脳裏が真っ白になっていく。
無意識のうちに手が震えていた。
小さく漏れる笑い声に感じる不気味さ。
美冬の姿でありながら、目の前の少女は彼女ではない別人になっている。
空気は更に静けさを増した気がした。
「ヨイを呼んだの、だあれ? ヨイを起こしたの、だあれ?」
美冬の靴音と鼓動が重なる。
歌にも似た楽しげな言葉とは裏腹に彼女の金色の瞳は殺気に満ちていた。
息をするのをためらうほどの重さと、痛みを感じる張り詰めた空気。
この世界で動いているのは目の前の少女、ただ一人かもしれない。
跳ねながら歩く姿。
美冬と目が合ったアブソルートは表情をこわばらせたまま、凍りつく。
彼女が一歩ずつ歩みを進めるたびに、踵がわずかずつにじり下がった。
「お兄ちゃん、一緒に遊ぼ! ヨイと遊んでくれるよね?」
どこに木々があるのもか分からないほどの濃い闇の中で、葉ずれの音がする。
彼女から生じた死臭が地面を這い、辺りを飲み込んでいった。
無邪気な笑顔とは裏腹に、目を見ると得体の知れない恐怖を覚える。
「何して遊ぶー? かくれんぼ、鬼ごっこ、えーと」
「……こちらレイヴン。誰でもいい、聞いてくれ」
真雪が両手を強く握り締めたままで、インカムに向かって唇を動かした。
息を漏らすように小声で話すが、それでも声は辺りに大きく響く。
抗おうとしても視線を美冬から離す事が出来なかった。
指一本動かすだけでも力を込めなければならず、死臭で身体を縛られている気分になる。
「うん、鬼ごっこがいいな! ヨイが鬼で、お兄ちゃんが逃げる人ね。
捕まったら、お兄ちゃんの負け。負けた人は鬼さんに食べられちゃうんだよ!」
アブソルートの前に立つと美冬は顔を覗き込んだ。
嬉しそうに身体でリズムを取りながら堪えきれない笑みを漏らす。
彼女がアブソルートの手を握ると痺れに似た感覚が身体を駆け巡った。
背筋に走る悪寒から懸命に逃れようとする。
「ヨイが目覚めた」
一呼吸置いて、絞り出した真雪の声。

「……俺はどっちの味方になればいい?」

新しい記事
古い記事

return to page top