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3. executioner

エクスキューショナー《死刑執行人》
彼らはその名のとおり、夜毎に人を狩っていた。
裏社会にも守るべきルールと侵してはならない領域がある。
秩序を乱し、一般社会に影響を及ぼしかねない『懸念』を消すのが役割。
ある者は番人、また一方では死神と呼んだ。

フードをかぶった黒いロングコート姿はエクスキューショナーのトレードマークだった。
彼らは一様に同じ格好をし、高い戦闘力を有している。
相手の弁明や乞う言葉に耳を貸さず、無慈悲に切り捨てる姿勢も重なり
此岸の人間は噂の種にしながらも『黒い死神』を恐れていた。
「応」
数コールの着信音の後に聞こえた低い声。
雑居ビルの殺風景な屋上が幾つも並ぶ様は、まるで島々のようにも見えた。
アブソルートはその中の一つに立っている。
「我が主からの任務であれば、どんな事であろうと成し遂げよう」
手すりの前に立つと耳に携帯電話を当てたままで固まっていた。
直立不動の姿勢。
喧騒や車の行き交う音が耳に入った側からすり抜けていく。
この雑居ビルに囲まれた一帯は、はしゃぐ街とは別世界に思えた。
動く物もなければ、音を発する者もいない。
「内容を」
短く言った言葉が妙に大きく聞こえて、わずかに声をひそめた。
繁華街ならいざ知らず、企業ばかりが集う地域で深夜に動いている人間などいないはずだ。
その証拠に視界に写るビルはどれも明かりが消えている。
どこかに気配を感じたのは気のせいであったらしい。
アブソルートは視線だけを動かして周囲を窺った。
「……本気か?」
声の調子が変わる。
受話器から聞こえた言葉に動きを止めて、思わず視線を携帯電話に向ける。
眉間に深くしわを寄せた。
「なるほど」
シルエットが下界からの光に照らされて浮かび上がる。
その姿は自ら光を放っているようにも見えた。
にわかに強く吹いた風が被っていたフードを脱がせ、濃紺の髪がこぼれる。
苦く呟いた後、ため息混じりに唸った。
「それが目的という事だな」
片手をコートのポケットに突っ込んだ状態で目の前に張り巡らされた手すりに視線を落とす。
垂れた髪で表情は見えないが、口元は不愉快そうに歪んでいた。
「つまり我は踊ればいい、と?」
無表情の声とリズムを打つ靴音が重なる。
一見すると、この屋上には人がいないと思われるかもしれない。
それほどまでにアブソルートは夜と同化した風貌をしていた。
時折、大型店舗の向こうの大通りでクラクションが響く。
「出来ぬ事などない。我は貴方に忠誠を誓い、飼われる事を望んだ。
求められれば何でも差し出し、何でも叶える覚悟がある」
目を伏せたまま低く呟く声。
どこか決意に似た響きを持つそれは明確な意思が宿っていた。
電話の向こうで微かに笑う気配を感じる。
普段は聞こえないはずの音でさえも響いている気がした。
「だが、それでいいのか? 奴等は……」
今まで淡々と話していたアブソルートの顔に戸惑いが浮かぶ。
言葉を選んでいるらしい。
口調が遅くなり途切れがちになった。
逡巡の後、言葉を飲み込む。
「失礼した。我が口を出す事ではない」
思考を断つ、強い口調。
すぐに表情を引き締めて前を見据える。
凍る風は露出した肌を容赦なく刺し、反射的に首を縮めた。
「貴方の言うとおりだ」
わずかに顎を引いて頷く。
視線を横に向けると駅周辺は光で溢れていた。
空に近い所に大型電気店の看板が見える。
深夜に向かっているというのに一向に人が減る気配はなかった。
地上に人の気配や話し声を感じ、足元を覗き込む格好で視線を落とす。
「主がそう望むのであれば」
夜気と獣の匂いが混じり合う空気。
横顔が不敵に微笑んだ。
「了解した。では、早速動こう」
その言葉が終わるかどうかのタイミングでアブソルートはきびすを返す。
硬いコンクリートに覆われた地面を靴音が横切った。
聞き慣れた音であるはずであるのに、彼の発するそれは何故か冷たく聞こえ。

「我等は影、闇に紛れて敵を討つ。貴方の為にエニグマを消してごらんに入れよう。
――エクスキューショナーの王よ」


駅の北に位置する、五条1丁目はいわゆる『ラブホテル街』として有名だった。
高い建物が乱立する五条の中でも独特な空気を漂わせている。
人通りがない訳ではないが、誰もが人目を気にしながら消えていく。
ビジネス街とも繁華街とも違う雰囲気は、此岸に似ていた。
「ああ、期待しているぞ。楽しませてくれ」
頭上には車が途切れる事なく走る高架、離れた位置からはターミナル駅へ入る電車の轟音。
それらの音に声を飲み込まれそうになりながら男は薄く笑みを浮かべて
携帯電話の向こうの相手に言う。

肩まで伸ばした髪と細めの長身。
夜目にも涼しげな顔立ちをしているのが分かる。
まだ20代と思しき彼は風貌と雰囲気からホストか、または男娼のように見えた。

外灯にもたれかかり、どこか足早に通り過ぎるカップルを眺める。
目に浮かぶのは楽しげな色。
しばらく手元を眺めていたが、軽く息をつくと携帯電話を閉じた。
不意に何かに気付いたらしく顔をあげる。
視線を投げたのは駅へと向かう、この界隈の出口。
胡散臭い空気を発散する周囲とは裏腹に、その先は眩しいほどの光で溢れていた。
聞こえてきたのは靴音二つ。
観察する眼差しが足元から持ち上がると。

「あれー?」
嬉しそうな中にも意外そうな響きを漂わせた声が聞こえた。
小柄な少女と、それより背の高い青年のシルエットが近付いてくる。
逆光気味で表情は分からないが、ポニーテールの彼女は笑っているのだろう。
「カルラ先生、こんな所で何やってんだよ」
「わーい、社長だー! 何してるのー?」
男――カルラの前に立つと、二人ははしゃいだ声で話しかけた。
明らかに周囲の空気からは浮いており、通り過ぎる人影が視線を投げていくが
真雪と美冬は気にしていないらしい。
「遠くから可愛い子が歩いてくるなと思って眺めていたのだ。声を掛けなくて良かった。
自分の部下と分からずにナンパしたと知られたら、何を言われるか分からない」
「ドゥーフフ。やっだ、可愛いとか!」
「今更そんなんで噂になるかよ。あんたの女好きなんて周知の事実じゃねえか」
「……レイヴン、口の利き方に注意しろ」
カルラは抱きついてくる美冬の頭に手を置きながら軽口を叩く死神を見る。
たしなめる風に言うが、彼には伝わっていないらしい。
「それより、こんないかがわしい場所に何の用だ?」
「何の用って討伐だよ。現場、この先なんだわ」
「本当に討伐か?」
「嘘ついてどうすんだよ、そんな事」
呆れた視線を向けたままで、ため息をついた。
一方カルラは遠慮のない視線で真雪を観察している。
腕組みをした状態で指を動かしている様が彼の苛立ちを表していた。
目を細めて睨むと、真雪を凝視する。
「討伐だと言いながら、お前を信頼している事を利用して
ディアをホテルに連れ込もうとしていたのではないのか?
『天蓋付きのベッドがある』とか『滑り台のある部屋がある』等と口車に乗せて」
「んな事言うワケねえだろ!? あんたは何ですぐエロ方面に考えるんだよ!」
「でなければ『焼肉をたらふく食わせてやる』と騙したか」
「俺がそんな手ェ使うとでも思ってんのか!? 肉ならちゃんと食わせてるよ!」
通りの両側に凝った造りの建物が並ぶ。
遠くにはどこかのホテルの店先にあるらしい、かがり火が揺らめいているのが見えた。
呆れを滲ませた怒鳴り声と冷静な声が交互に響く。
美冬はカルラから身体をはがすと、大きく目を瞬かせながら交互に二人を見比べた。
「どうだろうな。優しそうな顔をして、いやらしい事ばかりを考えているんだろう。
ディア、所詮男は皆一緒なのだ。注意しなさい」
「いや、あのさ」
「お前、さてはコイツが押しに弱い事を知っているな?
場の空気に流されやすい所までお見通しとは、さすがダンデライオンの部下だ」
「だーかーら! 人の話聞けっつーの!」
真雪は怒鳴った後、助けを求める視線を隣の美冬に投げるが。
彼女は苦笑して肩をすくめただけだった。
「社長、そんなんじゃないんだってば。真雪が言ってる通りなんだよ」
「そうか。ディアがそう言うのなら、本当なのだろうな」
「何だよ、その態度の違い」
「ところで、社長がこの辺にいるなんて珍しいね? こっちは行動範囲じゃないでしょ」
今まで真雪に不機嫌そうな視線を投げていたカルラが、にこやかな顔で美冬を見る。
だが、投げられた問いに一瞬動きが止まった。
薄く笑みを浮かべる表情はそのままで瞳にわずかな鋭さが宿る。
「さすが鋭い。野暮用で古くからの友人に会っていたのだ」
「へえ、社長って友達いたんだね」
「……笑顔で言わないでくれ」
苦笑混じりのため息をつきながらカルラは細身のスラックスのポケットをまさぐる。
現れたのはチケットの半券らしい紙片だった。
視線に促されて美冬が恐る恐るといった仕草で受け取る。
薄暗い外灯の下、鮮やかな色彩が浮かび上がっていた。
まるでそれだけが色を持っているかのような錯覚。
真雪が美冬の方に身体を傾けて覗き込む。
「セラフィナイト・コンサート?」
「ああ、俗に言うチャリティーイベントだ。子供たちの歌声というのは
邪気がなくて良いものだな。心が洗われるぞ、レイヴン」
「何で俺に言うのよ、そんな事」
わざとらしい笑み混じりに言われ、髪をかき上げた格好で不満そうな視線を投げる。
その様子に楽しげな声を上げて笑うカルラ。
前を開けたコートから覗くシャツの襟元を指でいじっていた。
「誘われたので暇つぶしに行ったんだが、良い経験をした。面白い奴がいたぞ」
「面白い奴?」
「ああ、まだ子供なのだが大人顔負けの歌唱力なのだ。それだけではない、彼女の声には力がある。
言霊に近い物を感じた」
「珍しいね。言霊使いなんて、そんなにいるモンじゃないのに」
気配が通り過ぎると同時に、背中に複数の視線がこびりついた。
こんな場所で男女が立ち話をしている姿は目立つのだろう。
場所柄、通りに立ち止まっている人影はほとんどいなかった。
「そうだな。俺が知ってる中でも言霊使いなんてウォークライだけだし」
「本人が自覚しているかは分からんが、使いようによっては脅威になりかねん。
まぁ、どんな能力に対しても言える事か」
苦笑する声が呟く。
視線を横に向けると、車が作り出す光のラインと街の灯で目がくらみそうになった。
もうすぐ日付の変わる時刻だというのに誰も眠る様子はない。
薄暗い場所にいるせいか、遠くの景色が別世界のように感じる。

「さて、と」
気を取り直す声と共に靴音が生まれた。
外灯から背中をはがしたカルラが襟を立てると空を仰ぐ。
深呼吸をしたらしい横顔はどこか楽しげな笑みを浮かべていた。
「夜気が濃くなってきたな。我々の時間が始まる」
「お仕事に行くの?」
「ああ、最近忙しくてな。金にならない仕事ばかりで嫌になるよ」
冗談めかして言うと肩をすくめる。
言葉の通り、空気の中に死臭や血に似た匂いが強くなっている気がした。
「お前達も討伐に行くのだろう? 弱い敵だと見くびっていると痛い目に遭うぞ。
……特にレイヴン、私の部下に怪我をさせないように」
「何言ってんだ。あんたの部下にいっつも殴られてて、こっちが傷モンになってるよ」
「ちょっとぉ! そんなに殴ってないじゃない!」
真雪の脱力した言葉に美冬が噛み付く。
頬を膨らませたままで腕を力任せに叩いた。
じゃれあうように続くやり取りに、カルラが目を細めて笑う。
「じゃあな、二人とも。あまり寄り道ばかりしているとダンデライオンに怒られるぞ」
「寄り道なんてしてないもん!」
「進行形で今してるじゃねえか」
「これは別!」
美冬の頭を軽く撫でた手が離れ、遠ざかる背中。
表情は見えないはずであるのに何故か笑っている気がした。
光に溶けてしまいそうなシルエットを見送っていると。
何かを思い出したように立ち止まる。
思わず動きを止めて不審な視線を向ける真雪。
顔だけが振り向く。
「こんな月のない晩は」
会話を邪魔していた高架を走る車の騒音が消えた錯覚。
十数メートル離れているはずが、声が大きく聞こえる。
大声を出している訳でもないのに。
「狼がお前達を狙っている。気をつけろよ、赤ずきん」
見えた顔は笑っていた。
だが、その笑みに含まれる感情が何であるかは美冬には分からずに。
怪訝な表情を顔に貼り付けたまま首を傾げる。

「どういう意味だ、ありゃ」
カルラの姿が見えなくなってから数分が経過して、真雪が不審そうに言った。
後頭部に手を当てながら眉間にしわを寄せる。
「俺、あの人に変なあだ名付けられまくってるけど『赤ずきんちゃん』は初めてだわ」
「……何かある」
「あ?」
「社長があんな風に言う時って、ロクな事にならない場合が多いんだよね」
美冬が口元に手を当てたままで一点を睨む。
脳裏に考えを巡らせているのか口調は上の空だった。
真雪は様子の変わった美冬を黙って見下ろしていたが、先を促すように背中に触れる。
驚き、見上げる顔に頷いてみせた。
「それはカルラのカンか? それとも企んでるって意味で?」
「うーん、どっちも有り得るんだよなぁ」
駅を背にして今にも止まりそうな速度で歩き出す二人。
狭い通りの両側から迫る建物に圧迫感を感じる。
「カンが鋭いのは確かなんだけどさ、お祭り騒ぎになるのを楽しんでる事もあるから」
「ああ、そうね。わざと状況酷くしてる時とかあるもんな」
「そそそ。ほんっと、周りの人間は……」
美冬が額に手を当てて、大げさに息をついた瞬間。
言葉を飲み込んだ。
一瞬の空白。
それは真雪が美冬の手を乱暴に引き寄せると共に感じる、
身体を貫く殺気と何者かの気配。

そして、上空から風を切る音が聞こえた。

「ダメ、スキル打たないで!」
美冬を傍らに引き寄せたまま、前に手を突き出す真雪に怒声が飛ぶ。
だが、それは地面に落ちる衝撃音にかき消された。
間近にいるにもかかわらず真雪には聞こえなかったらしい。
その証拠に、彼は微動だにせずに前を見据えていた。
動く唇に呼応するかのように黒い皮手袋を嵌めた手は淡く光をまといながら。
「真雪、ダメだってば! 人がいる!」
「そんな事言ってる場合じゃねえ」
「でも!」
「俺達を殺そうとしてんだぞ。そんな事言ってる余裕なんてねえよ」
残響が尾を引きながら消えていくと同時に、辺りを覆う土ぼこりも薄れていく。
漆黒の中に浮かぶのは銀色の鋭い光。
「コイツはイレギュラーなんかじゃねえ」
真雪が顎をわずかに持ち上げて鋭い眼差しのままで前方を見下ろす。
視界が開けてくると銀色は、刃が放つ光だと分かった。
そして、漆黒だと思っていた物は。
「久し振りだなぁ、死神さん。俺達、なにかご無礼でも働きましたか」
地面に膝をつき、着地した姿勢のままで大型の鎌を構える黒いフードをかぶった男。
あからさまに怒気をはらんだ、棘のある声にも返答はない。
美冬は瞬きも忘れて目の前の光景を見つめた。
拳を強く握り締める。
通り過ぎる一陣の風。
ここにあるのはイレギュラーの匂いではなく、生臭い血の匂いと緊迫感。
辺りは不気味なほど静まり返っていた。
周囲の建物にも人がいるはずであるのに。

「我はエクスキューショナーが一、アブソルート。天命により参じた」
俯いた顔から表情は見えない。
今まで感じていた風の温度も分からなくなっていた。
ここが、どこであるかさえも。
鎌の柄を握り直す音が聞こえる。
通り過ぎる沈黙。
視線がぶつかり、睨み合った。

「エニグマ、うぬ等には死んでもらう」

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