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2-4 Engage

肩で息をつく真雪に視線を向け、
ジャケットから取り出した真紅の手袋をきつくはめる。
「ねえ、聞きたいんだけど」
二つ重なって響く階段を下りる音と遠くに聞こえる地響き。
「この辺でやれる場所、ない?」
「やれる場所?」
「そう。適度に広くて人がいない、戦える場所」
その言葉に真雪は立ち止まり、睨むように横に視線を走らせた。
背には咲き誇る花々。
二人の表情はそれらを楽しむものとは程遠く、場違いな印象すらある。
「東は駅、西は学校。どっちも行く事は出来ねえな」
「うん」
「まして、この場所でやる訳にもいかない」
唇を噛んで一点を見つめる。
思案する静寂を鳥のさえずりと下校途中らしい学生の笑い声が引き立てた。
美冬は周囲を見渡し、眉を寄せる。
敵の臭気が次第に濃くなっていく。
時間はあまりないのかもしれない。

「神社、か」
真雪の動きが止まり、うわごとに似た言葉が吐き出される。
「神社?」
「ああ。あそこなら人はこねえし、広さも問題ないはずだ」
「どこにあるの?」
振り返り、後方を指差す。
真雪が言葉を切って見上げる顔を見つめ返した。
「裏だ。この下にあるけど……」
「何?」
「いや、どうやって奴を神社まで向かわせりゃいいだろうってさ。
まさか町中でスキルぶっ放して誘導させるわけにもいかねえし」
「あたしがやればいいんじゃない?」
当然のように吐き出された言葉に鋭い視線が向けられる。
轟音が遠雷のように響く。
反射的に音の方向に二人は顔を向けた。
「あたしがイレギュラーの前まで行って、おびき寄せるよ。それが一番早いわ」
「何言ってんだ。危ねえだろ」
「そんな事分かってる。まさか偶然に任せて待つなんて悠長な事してられないじゃない」
真雪の強い視線に美冬も睨み返した。
「時間がないの」
美冬は身を翻すように大通りへと歩き始める。
その表情には冷たさと苛立ち。
「待て」
「否定するだけなら馬鹿だって出来るわ。それが駄目なら代案出してよ」
「待てって!」
ため息混じりの声が美冬の腕を掴む。
瞬きも忘れ見上げた後、我に返ったように睨み付けた。
「とにかくその方法は駄目だ。下手したら町のど真ん中でやりあう羽目になるだろ」
「あのねぇ、あたしは素人じゃないんだから。そんな事……」
「音でおびき寄せる。多分、それで問題はない」
「……」
「だろ?」
数秒の間の後、美冬は真雪の手を振りほどくと渋々頷く。
大通りに面した花屋とビルの隙間の歩道に出たところで二人は並んで立ち周囲に視線を巡らせる。
足元に伝わる一定間隔の振動は、敵が近いことを物語っていた。
けれども周囲の人間や町の空気はそれを感じている素振りも見せない。
「音を出して敵が近づいているのを確認しながら神社に行く。いいな?」
そう言って、真雪は人差し指と親指をくっつけた右手を口元に当てる。
その横顔はどこか嫌悪感が滲んでいた。

昼下がりの日常をつんざく指笛。
長く、耳鳴りを誘うような鋭い音に空気が一気に変わっていくのを感じる。

遠くを見るような目をしていた美冬が弾かれた反応を見せた。
「反応した」
短い言葉。
それが表すように、地響きの間隔が狭まる。
何か大きなものが速度を上げ、近づいてきている気配を感じた。
真雪は小さく頷く。
「ああ。行くぞ、こっちだ」
声が張り詰めていくのが分かる。
周囲からの不審な視線など、気にする余裕はなかった。


真雪の部屋から徒歩で数分の場所にある神社は昼なお暗く、濃い木々に隠れるように存在していた。
まるで忘れ去られているようだと美冬はあたりを見回しながら思う。
「なるほど。確かにここなら人目につかないね」
日差しも届かない、現実とは遮断された場所。
使われている気配のない錆びた遊具を目にしながら小さく呟いた。
真雪が耳を澄ましているかのように宙を見つめ、何度目かの指笛を吹く。
木々にぶつかり、空へ立ち上っていく音。
「こっちに来てるみてえだな」
「うん。すぐ近くにいる」
確実に足音は近づいている。
まるで鼓動と連動しているかのようにも感じる震動。
緑の隙間から見える空を仰ぎ見ていた美冬は、不意に視線を感じて真雪に顔を向けた。
「何?」
自分を見つめる目。
それはどこか潤み、苦しげで。
走った訳でもないのに肩を上下させて呼吸が荒い。
「いや、俺は勘違いしていたかもしれない」
「は?」
「お前の事だ」
「どういう……」
美冬の言葉は最後まで発せられることはなかった。

言いかけた言葉を飲み込んだのは
二人を突如覆った巨大な影と
何かが風を切り、墜落する音。

「上!」
「避けろ!」
二人が同時に叫ぶ。
けれど、その声すら地面に隕石でも落ちたかのような怒号にかき消された。
飛び退くと同時にバランスを崩さん勢いの衝撃が地面に走る。
「大丈夫か!?」
辺りを土ぼこりが包んだ。
真雪が着地すると声を張り上げるようにして前方に尋ねる。

そこにあったのは
巨大な人型をした岩。
そして
それに立ちはだかる美冬。

「こんにちは」
美冬は見上げて満面の笑みを浮かべた。
後ろに手を組み、肩をすくめる仕草。
先ほどの衝撃などなかったかのように悠然と立っている。
「お散歩中、呼び出してごめんね。でも放っておくわけにはいかなかったから」
目の前の巨岩に顔はなく。
けれど美冬や真雪を凝視しているのが分かる。
微量に冷気を含んだ風が葉ずれの音を誘い、静けさを運んだ。
美冬の甘さを含む高い声音だけが響く。
「おい」
真雪が後方から低く声をかけた。
美冬の髪がわずかに揺れ、視線だけを動かしてこちらを伺っているのが分かる。
「こいつ、イレギュラーじゃないんじゃねえのか?」
「どうして?」
「殺気をまったく感じない。こんな至近距離でも攻撃して来ねえんだから」
「さぁ、どうかしら」
美冬は目を伏せ、かすかに口の端を上げた。
再度、斜め上を見上げる横顔には不敵な光が宿る。
「おい」
「ごきげんよう、出来損ない」
真雪の怪訝そうな呼びかけを無視して紡がれる言葉。
鮮やかな新緑の中、微動だにしない景色。
巨岩はそこに元から存在していたかのように見える。
「邪魔なのよね。こんな時間に、こんな場所にいるなんて身の程をわきまえていないと思うんだけど?」
顎を上げ、口の端をゆがませた。
その言葉に真雪は眉間にしわを深く刻み、息を飲む。
「目障りよ。出来損ないは出来損ないらしくお家に帰ってほしいわ」
口を開きかけたと同時に発せられる言葉。
そこには明確な攻撃性が見えていた。
そして不敵な笑みを浮かべた唇が、ある単語を口にする。
正面に立つ巨岩と真雪が同時に反応した。
それは、人外生物を忌み嫌う者達が口にする蔑みの言葉。
「おい、お前!」
声を荒げ、美冬の肩を掴みかけた時。

巨岩の腕が空を切り、振り下ろされた。

その速さは身体の大きさからは想像できないほど早く。
拳が美冬の横に叩きつけられたと同時に
衝撃がまるで寒気のように身体を走り抜けた。
「!」
真雪は唖然とした。
それは巨岩の一撃ではなく、目の前の少女に対して。
美冬は微動だにせず眼前を見据えていた。
攻撃を避けようとする事も、自身もまた攻撃をする事もなく。

悟った。
これは挑発なのだと。
美冬は巨岩に攻撃させる事で戦う理由を得たのだ。

美冬は俯き、口元を大きく歪ませた。
けれどその瞳はどこか飢えた色さえ浮かんでいる。
「かかったわね」
背中をそらすように、後ろに組まれた手が動く。
右手が左手の中に潜り込んだ。
まるで出来のいい手品でも見ている気分になる。
そして、右手がバスタードソードを取り出した。
剣身が目を射るような光をはね返す。
「先制攻撃により前方一体をイレギュラーと判断。ラプター、討伐を開始する」
「待て!」
その言葉は宣戦。
真雪の声はもはや届いていなかった。
美冬は剣を構え、巨岩との距離を詰めると一閃。
力任せに後ろに振りかぶり、薙ぎ払った。
「挑発して、わざと攻撃させたな!」
「だったら何だっていうのよ!」
巨岩はその攻撃を手のひらで受け、押し返そうとするかのように。
肌は岩のように硬いのか、剣身が当たった瞬間に硬質な音を響かせた。
「最悪だ、お前」
吐き捨てられた言葉。
真雪はストレッチパンツのポケットから取り出した黒の皮手袋をはめながら
顔を不快そうに歪ませる。
「多少強引なやり方でも片付けておくべきでしょ!? 話なんて通じないんだから!」
「無害な人外をイレギュラーに仕立てて何が楽しい!?」
「人を戦闘馬鹿みたいに言わないでほしいわ!」
叫ぶように交わされる言葉。
奥歯をかみ締めながら美冬が叩き切ろうと剣身を巨岩に押し付けるが、
わずかずつ足がずり下がっているのが分かった。
押し返されている。

おそらく敵は物理攻撃に強いタイプだ。
方法によっては倒せないことはないと思うが武器が剣では難しいだろう。
岩のような肌に剣では歯が立たない。
突き刺せばいけるだろうか。
スキルを使うのが一番有効かつ早く倒せるはずだが。

「何が違うんだ? お前がやってんのは殺しであって討伐じゃねえ」
この男はスキルを撃たないだろう。
ましてや敵を殺す気はない。
「一匹を取るか、大勢を取るかだって事よ! そんなことも分からないの?!」
「被害が出るなんて決まったわけじゃねえだろうが!」
「被害出てからじゃ遅いの! 可能性のあるものは早めに処理するべきよ!」
再度叩き切ろうと、剣を巨岩の肌にぶつける。
跳ね返される反動で美冬が後退した。
バランスを崩しながら地面に手をつき、真雪と並ぶ。
舌打ちをする美冬を冷ややかにみる鋭い視線。
腕組みのまま、真雪は美冬を見下ろしていた。
巨岩はゆっくりと歩みを進め、二人に近づいてくる。
「……ずいぶん優しいのね、レイヴン。
チェイサーなんかより宗教の方が向いてるんじゃない?」
美冬が体勢を整えると、苦笑を浮かべた。
底から湧き上がるような咆哮が身体に響く。
「『汝、人もイレギュラーも分け隔てなく愛せよ』なんてね。
せいぜい愛で平和な社会を作ってもらいたいわ――ねえ、甘ちゃん?」
「な」
真雪の唖然とした表情の中に怒気が滲んでいく。
握られる拳。
美冬の唇にかすかに笑みが浮かんだが、それはすぐに消え。
剣を持ったまま、身体の重心を落とす。
前を見据える強い視線。
動きを止め、まるで迫る巨岩との間合いを計っているようにも見えた。

そして。
巨岩がこぶしを二人に向けて繰り出したと同時に。
美冬は地面を蹴ってその身体を空中に躍らせた。
空中で剣を持ち替え、剣身を下に向ける。
「いっけぇ!」
巨岩の上に着地。
そのまま身体を大きくそらせて頭上に剣を振り上ると、勢いのまま突き立てた。
苦悶の声が周囲を震わせる。
美冬は更に突き立てた剣を奥に押し込んだ。
その痛みに巨岩が身体をよじらせながら、渾身の力で吼える。
まるで泣き叫ぶかのような声が轟き渡った。
「ぐ!」
美冬は激痛に暴れる巨岩の振り回される形で地面に投げ出される。
地面に落ちた先は敵の目の前。
剣はいまだ刺さったままで体勢も座り込んだ形だ。
踏みつけられる可能性も、拳が飛んでくる可能性もある。
痛みを覚えつつ立ち上がろうとしながらも唇を噛む。
覚悟した時だった。

「『朱』は仇を燃やす『業火』」

静かな声が告げるように響く。
同時に巨岩に向かって、一本の火柱のような光が立ち上った。
耳鳴りを覚える巨岩の悲鳴。
まるで炎のように揺らめく光の中でシルエットが身悶え、苦しむ。
美冬はただ唖然とした表情を浮かべ。
「……」
真雪がかぶりを振って大きくため息を吐く。
目の前に出された右手をゆっくりと下げ、視線を落とした。
やがて、巨岩は仰向けに倒れる。
その音は神社を駆け抜け、広がる住宅地にも鳴動した。

今までの轟音が嘘のような静寂。
美冬はへたり込んだまま、目の前の敵が光と共に跡形もなく消えるのを見つめる。
「怪我は?」
顔の横に手が差し出されているのに気がつき、見上げる。
苦しげに肩で息をする真雪が見下ろしていた。
顔にかかる髪で表情は良く見えないが、どこか悲哀が漂う。
「平気だけど」
呟くように言葉を発して、真雪の手を掴み立ち上がった。
そこで気がつく。
「……ちょっと、大丈夫?」
「何が」
覗き込むように見つめる美冬に乱暴な調子の言葉が返される。
怒っている訳ではないと直感で分かった。
息切れの中の言葉、青白い顔。
「あのな、お前」
「何?」
「お前の考えは、チェイサーとして間違ってないのかもしれねえけど」
握っていた手が払いのけられる。
「そのやり方は間違ってる」
美冬が眉をひそめたまま見上げた。
気がついたら風の中の敵の気配は跡形もなく、穏やかなものに変わっている。
「……」
「倒さなくていい奴まで傷つけるぞ」

美冬自身、分かっているつもりだった。
誰かを傷つければ自分も同じように傷つけられる事や
自分も同じだけ血を流すことになるであろう事は。
どれが正しい考え方でやり方かなど分からない。
おそらくどれも正しくて、どれも間違っているのだろう。
けれど。

「今回だって……」
突然、真雪の身体が傾いた。
咄嗟に支えるが真雪が美冬を押しのけようとする。
「ちょ、ちょっと!」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょ!?」
「少し熱がぶり返しちまっただけだ。問題な……」
言葉は続かなかった。
真雪がそのまま美冬にもたれかかるように倒れる。
思わずバランスを崩しそうになるが、かろうじて身体を支えた。
「ちょっと!」
美冬の手が真雪の額に触れる。
手のひらに、伝わる異常とも思える熱さ。
「……悪い……」
真雪の唇がわずかに動く。
絞り出す声。
額を伝う汗と、力の抜ける身体。
真雪は視界が暗くなっていくのを感じた。

どのくらい時間が経ったのだろうか。
真雪が薄く目を開くと、そこは自分の部屋だった。
窓から差し込むのは黄昏時のオレンジ色の光。
自分はベッドに寝ていた。
「……らでイレギュラーと判断し、処理しました。
多少手荒な手段を使ってしまったとは。申し訳ありません」
加湿器の音に混じり、遠くで声がする。
覚醒しきれていない意識の中で声の断片を聞いていた。
「分かっています。ご迷惑をおかけしました。はい、レイヴンですか?」
階下から聞こえる子供の話し声。
花屋の店先で話しているのだろうか、時折笑い声が響く。
脈を打つ頭痛の中で天井を見つめた。
「戦闘後、熱が上がってしまったらしくて現在は寝ています。
少し落ち着くまで、ここにいようと思ってますけど」
寝返りを打つたびに頭の中が揺れるような感覚。
「変わった様子? 体調が悪化してしまった以外は特に。あたしは何も問題はありませんが」
しばらく経ってから、会話が途絶えると同時に遠くから足音が近づいてくる。

「あ」
目が合う。
携帯電話を手にした美冬がベッドサイドに歩み寄ると、真雪を覗き込んだ。
「ごめんなさい。起こしちゃったね」
「いや」
起き上がろうとする真雪を美冬の手が制する。
穏やかに微笑むように瞳が細められていた。
「少しは体調マシになった?」
「ああ。運んでくれたのか、ここまで」
「苦労したんだから。死ぬかと思った」
真雪は自分の額に冷却シートが貼られている事に気がつく。
頬を撫でる風。
「正確には、あたしだけが運んだわけじゃないんだけど。
花屋の店員さんに手伝ってもらったの」
「ニーナか?」
「名前は分からないけど、ちょっと鋭い感じの人」
真雪が言葉もなく軽く頷く。
美冬がベッドサイドに座り、うつむいた。
静かな時間が流れる。
お互い視線も合わせず、どこかを見つめた。
「あのね」
「なあ」
同時に視線を合わせて言葉を発する。
「あ、先に言って」
「何だよ。お前が先に言えよ」
「……」
美冬がためらいがちに唇を噛んだ後。
「さっきは助けてくれてありがと。それと、ごめんなさい」
真雪は膝に視線を落とす美冬を眺めた。
「あの、強く言いすぎた。貴方は間違った事を言ったワケじゃないのに。
なんか悪かったなって。あたし、すぐかっとなっちゃうから」
「別に気にしちゃいねえよ」
汗で張りついた髪をかき上げる。
「間違ってねえんだ、多分。俺も、お前も」
「……」
「考え方が違うだけで。それだけだろ」
「そっか。ありがと」
「むしろ、謝らなきゃいけねえのは俺の方だ」
時刻を伝える定時の放送が街に幾重にも響き渡った。
夜が始まる気配を感じる。
美冬は顔を上げ、言葉もなく真雪を見つめた。
「勘違いして悪かったな」
部屋がオレンジ色に染まる。
照らし出される横顔。
不意に訪れた空白。
「……」
ややあってから、美冬は首を横に振った。
それにあわせて髪がしなやかに揺れる。
「そんな、別にいいよ。驚いたけど」
漏れた苦笑に、つられて笑う。
「あ、ごめん。体調悪いのにいっぱい話しちゃって。何か飲む? とって来るよ」
問う声に頷く。
それを見た美冬が立ち上がる気配を感じる。
足音、遠ざかるシルエット。

「なあ」
「ん?」
「名前、聞いてなかったな。お前の」
無彩色の部屋の中で、翡翠色の髪が見える。
振り向くのが分かった。
「あたしは藤堂 美冬、此岸名はラプター。言っておくけど男じゃないからね」
肩をすくめて笑う。

「長い付き合いになる気がする、貴方とは」

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