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2-2. Chaser&Death

 駅から数分歩いた所にある繁華街は、
今までの騒然とした雰囲気が嘘のように静かだった。
離れた位置から無数のサイレンは届いているものの、行き交う人々の興味は薄い。
この周辺は風俗店が数多く立ち並ぶ界隈で、
今の時間帯はシャッターを閉じている店舗が多いせいもあるのだろう。
人通りがまばらで活気が乏しく、どこか閑散とした印象があった。
そんな街の一角。パチンコ店のけたたましい音楽と外観に気圧され、
今にも存在を忘れ去られそうなコンビニエンスストアの前に美冬は座り込んでいる。
ゴミ箱の陰に隠れるようにしているが、通行人は無関心な一瞥を向けるだけだった。
大きく息をつき、地面に視線を落とす。
髪が滑り落ちて表情は分からないが、呼吸はどこか苦しげに見えた。
「死体なんて見慣れてるはずなのに」
うなだれる格好で独白が漏れる。
忘れようとしても、脳裏には数分前の景色が鮮明に蘇った。
スローモーションでビルから落ちる人影、人々の足の間に見えた血だまり。
耳の奥では叫び声とサイレンが響き続けている。
吐き気をくい止めるように、大きく飲み込んだ。
「あと15分か」
派遣先との待ち合わせは十四時で、向かうにはまだ早すぎる気がした。
なにより、こんなに動揺した状態で目的地に向かうのは無理だと心の中で美冬は呟く。
無意識に溜息が漏れた。
脈打つ頭痛に顔をしかめつつ、バッグから鈍い動作で携帯電話で取り出そうとした時。
「大丈夫ですか」
不意に頭上から声が降ってくる。
どうやら美冬の前に人が立っているらしい。
視界が影で覆われたと思うと、男性用の黒い靴とスーツ姿の足元が見えた。
そっけない声音に感情は見えない。
美冬が顔を上げると、スーツ姿の男が不審そうな瞳で見下ろしていた。
「え? あ、はい! す、すいませ……」
思わず姿勢を正して、髪を手櫛で整える。
平静を装ってみせるが、目の前の男は眉一つ動かさずに彼女を探る目で見ていた。
警察の人間かと思っていたが、どうやら違うらしい――美冬はそう思いながら
目の前の男を見上げる。
その証拠に、彼は美冬を観察するばかりで職務質問をする素振りは見せなかった。
歳は二十代半ばから三十代前半あたりだろうか。
銀髪と眼鏡の奥の鋭い目つきという組み合わせは、どことなく冷たい印象を与える。
黒いネクタイを締めた黒いスーツという姿は、
明るい色ばかりの春の景色の中で浮いて見えた。
「え?」
美冬の動きが止まる。不思議そうな彼をよそに、視線は風貌に釘付けになった。
思い出すのは、十分ほど前まで駅前で話していた男の姿。
彼も、目の前の男と同様に黒づくめの格好をしていた。
偶然か、それとも。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「は! はい、大丈夫です! ちょっと気分が悪くて休んでただけですから!」
「もし具合がよくないのでしたら……」
「いえ、大丈夫です! すみません、お騒がせして」
男の気遣う様子に、美冬が慌てて頭を振って立ち上がる。
照れ笑いを浮かべながら取り繕う口調でまくしたてた。
みぞおち付近に多少の不快感が残っているものの、歩けない程度ではない。

 理由は分からないが、美冬は目の前の男に漠然とした違和感を覚えていた。
駅前で出会った正体不明の男と同じ格好をしている事も理由の一つだが、
何より彼の雰囲気は普通の人間とは違う気がする。
殺気とは異なる、地から這い上がってくる静かな恐怖感を髣髴させた。
それは死のある場所に漂う空気に似ている。

「えーと、ありがとうございました。失礼します!」
心配そうな表情で視線を投げかける男に、美冬は深く頭を下げた。
声を掛けられるのを拒むように慌ててきびすを返すと、路地の方へと足を向ける。
その拍子に、穏やかな日差しの中で黒い一点が佇んでいるのが見えた。
携帯電話を取り出して、液晶画面と周囲の景色を見比べる。
近くにある電信柱の住所表示を凝視しては、辺りを見渡すという行為を繰り返していた。
急に美冬の動きが止まる。
何かに気付いたらしい美冬がその場に立ち止まって後ろを振り返った。
「あ、れ?」
小さく漏れる独白。
にわかに強く吹いた風になびく髪を手で抑えながら、
戸惑い気味に視線を向けた先には。
先ほど声をかけてきた男が、数メートル後方を歩いていた。
急に振り返った美冬に軽く驚きながらも軽く会釈をする。
数秒の静寂。
単に同じ方向に用事があるのだろう――心の中に生じた警戒を、
そう思い直して打ち消す。
美冬は笑顔を作って会釈を返すと、再び歩き始めた。
だが、僅かな間の後に男がついてくる気配がある。
聞こえてくる靴音は二つ。
午後ののんびりとした空気とは裏腹に美冬の表情はこわばっていった。
ひそかに視線だけを動かして後方を窺う。
視界の端には依然として黒いスーツ姿が見えていた。
距離を縮めてくる事はないが離れる様子もない。
靴音と鼓動が重なり、同化する。
風俗店が立ち並ぶ賑やかな景色が、古びた雑居ビルばかりの一角へと変わっていく。
先ほどよりも人通りは減り、すれ違う人間はほとんどいなかった。
美冬の瞳が落ち着きなく動き、携帯電話を持つ手に力が入る。
硬く結ばれていた唇が大きく溜息をついた。
そして意を決したように振り返って、男に向き直る。
「あ、あの!」
眉間に皺を寄せて、離れた位置で止まった男を睨む。
深呼吸の後、口を開く。
しかし。
「私の事務所、このビルの二階なんです」
「さっきから……へ?」
「誤解させてしまっているようでしたので、念の為に」
強い調子で言いかけた美冬の言葉を打ち消すのは、男の冷静な声音だった。
表情を崩さず、傍らを指差している。
柔らかな風が吹く中、美冬はきょとんとした表情のままで
彼と男と指し示されたビルを見比べていた。
 
「す、すみませんでした。その、不審者と勘違いしちゃって」
13時50分、比良坂事務所。
美冬はソファに座り、肩をすくめるようにしながら体を縮める。
事務机が並んだ室内は会社然とした雰囲気ではあるが、
午後の時間であるにもかかわらず人影はなく、不気味なほど閑散としていた。
窓辺に置かれた観葉植物の葉が、空調の風を受けて揺れている。
「いえ、怪しまれても仕方ないです。こんな格好で、
ずっと後ろをついて来られたら怖くなってしまいますよね。
こちらこそ配慮が足りず、申し訳ありませんでした」
「そんな事……。でも、まさか比良坂の人だとは思いませんでした」
「私も驚きました」
給湯室から出てきた男は、ティーカップが載ったトレーを手に小さく笑った。
「カルラの所から来たラプター、ですよね?」
「はい」
「そうですか」
美冬の前にティーカップをおいた男が観察するような眼差しで、
つま先から頭まで眺めた。何かを知っている風の口ぶりに戸惑う。
いぶかしがりながらも美冬は恐々と見返した。
「あ、あの」
「失礼しました。生憎、所長のダンデライオンは現在席を外しておりまして。
まもなく帰ってくると思いますので、このままお待ち下さい」
「はい」
視線の意味は語らず、男は愛想笑いを浮かべる。
テーブルを挟んだ向かいの位置に座ると、ティーカップを手で示した。

 此岸(しがん)と呼ばれる裏社会では普段の生活で使用している名前は通用せず、
此岸名と呼ばれる暗号名を使用する。
此岸、迷信とされてきた人外生物の存在、そして此岸名。
美冬はまるで二重生活をしているようだと心の中で呟いた。

「ところで、体調は大丈夫ですか?」
「え?」
「先程そこのコンビニの前で座っていらっしゃったので、
具合が悪いのかなと思いまして」
「あ、もう大丈夫です! さっき、ちょっと自殺の現場に出くわしちゃって
気分が悪くなっちゃっただけなんです」
あたりに漂う紅茶の香り。頭上の空調からの風に、立ち上る湯気が踊る。
ティーカップを手にすると美冬が苦笑した。
「チェイサーなのに情けないですよね。そんなの見慣れているハズなのに」
「自殺、ですか」
「は、はい。駅前で」
動きが止まる。眉間にしわを寄せて、いぶかしげに男が尋ねた。
美冬の顔を見つめたまま口を固く結び、何事かを考え込んでいるらしい。
相手の不思議そうな様子など気にしない様子だった。
「なるほど。それなら、この死臭にも説明がつきますか」
「死臭?」
「いえ、こちらの話です」
それ以上の説明はなく、どちらからともなく黙り込む。
空白の時間。
室内は時間が止まったように、全てが止まっていた。
閉ざされた窓の外から聞こえるパチンコ店の騒々しい音楽と、時計の針の音が重なる。
それまで俯き加減にテーブルの一点を眺めていた美冬が顔を上げた。
「ところで、お聞きしたい事があるんですが」
「なんでしょう?」
「こちらの、比良坂事務所って何をしている会社なんですか?」
不意に投げられた質問に、男は軽く驚きの表情を見せる。
ティーカップを取ろうと手を伸ばした格好のままで静止していた。
思わず顔を見合わせる。
「あ、あの。あたし、全然知らなくて」
「派遣会社からは何も?」
「はい。詳しくはこちらで聞くようにと言われてまして」
怪訝な響きの質問に美冬の声が次第に小さくなっていった。
目の前の男を窺いながら、わずかに身体を縮める。
「す、すみません」
「いえ、私達の仕事は特殊ですから。こちらで説明した方が
早いという判断なのでしょうね。外部の方だと少し分かりづらいかもしれません」
「特殊、なんですか」
「ええ」
ティーカップがソーサーに置かれた、微かな音でさえも響く気がした。
頭上の空調から吐き出された風が頬を撫でる。数秒の静寂。
男は足を組んだまま、窓の外を眺めていた。
ややあって、眼鏡の奥の瞳が美冬に視線をとめる。

「我々は死神なんです」

短く発せられた言葉に、美冬は固まった。
言葉を脳裏で繰り返し、視線を虚空にさまよわせる。
「……死神?」
「はい。人々を死の淵へ攫う死神ではなく、生死の辻褄を合わせる存在とでも
いいますか。予定された死と実際に起こった生死が合致しているかを調べ、
管理しています。予定外の死を遂げてしまった方を復活させ、
命数が尽きても生きている方に死を与える……という風に」
眉間に皺を寄せながら首を傾げる美冬の様子に小さく笑みを漏らした。
サイレンが尾を引きながら遠ざかっていくのが聞こえる。
つられるように音の方角に視線を向けるが、
見えるのは電線の群れと古びたビルの壁面だった。
「死を与えるというのは鎌を持って、とか?」
「いえいえ。死神という名前から誤解されやすいんですが、
基本的に戦闘等はしないんです。死を与えると言っても、その方の夢の中に入って
『何日後に死亡処理を行います』とお伝えして、
指定日時に病死に似た形で死亡処理を行うのが普通で」
「あ、そうなんですか。すみません、変な想像してました」
恐る恐る尋ねた問いに、笑みを含んだ声が答えた。
思わず美冬が苦笑する。
男はジャケットのポケットから手に収まるサイズの端末を取り出すと、
テーブルの上に置いた。
全面が液晶で覆われたシンプルなデザインで、それはスマートフォンに似ている。
「例を挙げますと」
液晶の上を指が滑る様子を、美冬は前傾姿勢になって眺めた。
現れたのはどこまでも続く、無数の文字と数字で埋められた表。
よくよく見ると数字は日付で、文字は名前であるらしい。
「これは冥府から送られてくる死亡予定表です。名前、死亡日時、場所等が記載されていて、
これと実際の生死を照らし合わせるんです」
「なんだか、こう見ても誰かの死ぬ日とかが書いてあるように思えないっていうか……」
「確かに実感が湧き辛いですよね。ですが、実際にこの通りに
人の死は動いているものなんですよ」
呟きに男が頷く。お互い前屈みになり、顔の距離が近い状態で顔を見合わせる。
前触れなく、今まで表をスクロールさせていた指が止まった。
示されたのは、ある一行。
無感情な黒の文字ばかりが並ぶ中で、そこだけは赤い文字になっている。
「例えば、この方は」
周りの景色は全て止まり、動いているのは二人のみだった。
時が止まっているような錯覚に陥る。
整然と並べられた事務机の群れや無彩色でまとめられたインテリアは使用感がなく、
殺風景だ。
「先月死亡の予定でしたが、現在も生存しているようですね。
こうした事が稀に起こるんです」
「あの。もし、放っておいたらどうなるんですか? 
せっかく生きてるんだから、わざわざ殺さなくてもって思ったりもするんですけど」
「そうですね。北京で羽ばたいた蝶々が、ニューヨークで嵐を起こすかもしれません」
「え?」
美冬が不思議そうな表情を浮かべて男を見つめた。
脳裏で言葉を繰り返しながら意味を考えてみるものの、分からないままで。
大きく目を瞬かせる。
「バタフライ効果というものですよ。始めはごく小さな要素であったものが
いずれ大きな影響を及ぼすかもしれないという事です。
たった一人生きているだけで何が変わるのかと思われるかもしれませんが、
予想外の事象が重なり続けて大きな事件になってしまう可能性だってある訳ですし」
「なるほど」
「ですから、予定通りに生死が行われなければいけないんです。
何か間違いがあってはいけませんから」
そう言って、端末をポケットにしまった。
思案顔のままで何度も頷く美冬の様子を眺めると、口元だけで微笑む。
ティーカップを手に取ると、すっかり湯気が消えた紅茶を口に含んだ。
男は何か言いたげな表情を浮かべる美冬に気付き、視線で発言を促す。
「えーと、すみません。また質問なんですけど」
「どうぞ」
「ここでの、あたしの仕事はどんなものなんでしょう?
一応チェイサーの仕事とは聞いてはいるんですけど、さっき説明して下さった死神の……」
美冬はそこまで言いかけて言葉を飲み込んだ。
身体をねじるようにして後方――ドアの付近を見つめる。
閉めきっているはずのドアから冷気に似た微風が流れてきていた。
この室内に低く漂っている空気と似ているが、それよりも濃く感じる。
『濃い』とはどういう意味なのだろうと、美冬は自分の発言に疑問を抱いた。
この部屋の窓は全て締め切られているはずなのに。
そこまで考えて、答えに辿り着く。
この冷気は死臭なのだ。死が放つ独特の空気。
「どうやら帰って来たようですね」
美冬の様子を眺めていた男が、同じ方向に顔を向けながら小さく呟いた。
外の喧騒に靴音が重なる。
それは大きくなっていき、ドアの小さなすりガラス越しに人影が見えた時。
「やあ、駅前は大変な騒ぎだ。
ドルニエのモンブランを買ってこようと思っていたのに、あれでは無理だな」
ドアを開ける音と共に、穏やかに微笑む声が聞こえた。
後ろに流した亜麻色の髪、海のように深い青の瞳。
目の前の男と同じ、黒いスーツ姿の四十代頃の男が立っている。
見忘れるはずもなかった。
「あ」
美冬は目を見張ったまま、思わず声を漏らした。
あの飛び降り自殺の現場にいた男だ。
「ノクティルカ、こちらはカルラの所から来た派遣さんかな? ああ」
美冬と目が合い、微笑む。
ノクティルカと呼ばれた男は立ち上がり、二人の様子を眺めていた。
「貴方は」
「また会ったね」
呆然としたまま美冬がソファから立ち、見上げる。
「はじめまして、と言うべきかな? 僕は比良坂事務所の所長のダンデライオン。
先ほどは失礼したね」
ダンデライオンが美冬の前で立ち止まり右手を差し出す。
戸惑い気味に美冬が手を差し出して握手をした。大きく暖かな手。
伺うように見上げた先には日差しを思わせる笑顔があった。
「驚いたかい?」
「え、あ。はい」
悪戯っぽい視線が見つめてくる。
「とりあえず座ろう。ラプター、どうぞ」
「はい」
ダンデライオンがあいた手で、今まで座っていた場所を示す。
「所長、紅茶でよろしいですか?」
「うん。確かグリーレのワッフルがあったよね? 
あれも一緒に出してくれないかな、三人分。一緒に食べよう」
「分かりました」
ノクティルカが軽く頷いた後、奥へと姿を消した。
その様子を眺めていた美冬が視線を戻すとダンデライオンと視線がぶつかる。
目線の先の笑顔につられて、表情を緩ませた。
「しかし本当に君がラプターだったとはね」
「駅前であたしに声をかけたのは、ここにくるって分かってたからですか?」
「いや、そうなんじゃないかって思っていただけだよ。
此岸と血の匂いがする女の子なんて、そうそういないから」
戸惑い気味に問う美冬をよそに背もたれに身体を預けながら言った。
遠くで支度をしているらしい物音が聞こえる。
「気付いてたんですね」
「もちろん。曲がりなりにも君と同じ世界に住んでいるから」
美冬が苦笑に似た照れ笑いを浮かべた。
「さて、本題に入ろうか。どこから話せば良いだろう」
「あの、先ほどの方がこちらの仕事――死神について説明して下さいました」
美冬が遠慮がちに言うとダンデライオンの眉間にしわが寄り、動きが止まる。
何を考えているのか。
自分の言動に何か問題があったんだろうかと美冬が怪訝そうに見つめていると。
「なんだ、自己紹介していないのか。ノクティルカは」
低い声が不満そうに漏らした。
会話を聞いていたようなタイミングで姿を現すノクティルカ。
自分に向けられた二人分の視線に気付いて足が止まる。
「何か?」
その言葉とは裏腹に表情は変わらず、感情を読み取る事は出来ない。
「ノクティルカ、彼女に自己紹介してなかったのかい?」
「ああ、そういえばそうですね。忘れていました」
「相変わらずだなあ」
苦笑の混じった視線をはがし。
「紹介するよ。彼はノクティルカ、比良坂事務所に所属する死神だ」
「よろしくお願いします」
ノクティルカの声に美冬が慌てて会釈を返した。
「彼はうちの事務所のエースでね。優秀な死神なんだ」
「おだてても何も出ませんよ」
ノクティルカがテーブルにワッフルの載った皿や
紅茶の入ったティーカップを置きながら、わずかに苦笑を漏らした。
「お世辞を言ったつもりはないよ。他にもメンバーはいるのだけれど、
みんな席をはずしていてね。後々紹介するとして」
言葉を区切り、笑顔を引っ込める。
「君の仕事について話そう、ラプター」
「はい」
ダンデライオンが見つめる。
その瞳は美冬を見ていながら、美冬の奥深くを見抜く視線。
どこか居心地の悪ささえ感じてしまう。
「僕らの仕事に関してはノクティルカから聞いたのだったね。
人の死を扱う大切な仕事だ」
「はい」
「君にやってもらうのは死神業ではなく、バケモノ退治――つまり、
君の本業であるチェイサーの仕事。イレギュラー認定を受けた
危険因子になりうる人外生物の討伐をお願いしたい」
美冬が思わず姿勢を正し、背筋を伸ばす。
低い声音は宣告に似た響きを持っていた。
「うちにも死神とチェイサーを兼任しているメンバーがいるのだけれど
仕事が多すぎてね。そこで彼と組んで欲しいという訳だ」
「死神がチェイサーを?」
その声ににじむのは戸惑い。数年チェイサーを生業としているが、
そんな例は聞いた事がない。
もっとも死神の仕事さえ知らなかったのだから当然かもしれないが――美冬は
心の中で考えを巡らせた。
「確かに死神とチェイサーは直接は関係ない。
だが、予定外の死を増やさない為にチェイサーの力が必要になる事があってね」
「そうなんですか」
「うん。それに、まあ……僕らは変わっているんだ。人としても、死神としても」
苦笑を漏らしながら独白に近い調子で言った。
「どうだろう、やってくれるかい?」
美冬に注がれる二人分の視線。
穏やかな中に、どこか威圧感や緊迫感に似た空気が漂っていた。
「もちろん、こちらは出来る限りの支援と保障をさせて頂こう。
是非、君の才能をうちで活かして欲しい」
考え込んで黙る美冬にダンデライオンが言葉を重ねる。
訪れた沈黙。
美冬が、窺うような視線を目の前の二人に向けた。
一瞬、言い淀む。
「あ、あの。宜しくお願いします」

「ありがとう。助かるよ」
遠慮がちに切り出された言葉に、安堵の声が重なる。
ダンデライオンがティーカップを手に取り、心底安心したように微笑んだ。
「所長」
その動きを止めるのはノクティルカの声。
「レイヴンには後ほど連絡を入れて、顔合わせは後日という形でよろしいですか?」
「うーん。出来れば早めに顔合わせを済ませて、いつでも動けるようにしたいのだけれどね」
隣のノクティルカに顔を向けてから美冬に視線を転じる。
少しの沈黙の後、軽く頷いた。
「ラプター、これから何か予定はあるかな?」
「いえ、特には」
「そうか、ならちょうどいい。急な話で申し訳ないのだけれど、
行って欲しい場所があるんだ」
「どこですか?」
緊張したように美冬が数回瞬かせ、手を握る。
「うん、レイヴンの家だ」
思いがけない言葉にわずかに口が開いた。
「レイヴン、の?」
「そう。ああ、レイヴンとは件のチェイサー兼死神の彼の事だ。
風邪で二日前から欠勤中でね。おそらく何も食べてない状態だと思うから、
君に顔合わせを兼ねて陣中見舞いに行って欲しいんだ」
思わず静止した。美冬が戸惑った表情でダンデライオンを見る。
「えーと、初対面のあたしが行っても大丈夫ですかね?」
「うん、むしろ君に行ってもらえると助かる。
レイヴンの様子も気になるのだけれど、こちらも忙しくて手が離せなくてね。
見繕ったものを渡して、彼と顔合わせをしたら連絡してくれればいい」
逡巡と戸惑い。
向けられた視線に多少の息苦しさを感じながら唇を固く結んで思案する。
自分はどうするべきか。
漠然とした不安に似た感情を感じながらも、選択肢はない気がした。
「……分かりました」
搾り出すように美冬が呟く。
落ち着かない様子で髪を触りながら、ぎこちなく笑顔を作ってみせた。
「ありがとう、ラプター。本当に急で申し訳ないね」
「い、いえ」
「大丈夫だよ、彼は優しい子だから。君ともすぐに仲良くなれるのではないかな。
ノクルティカ、何か書くもの貸してくれるかい?」
向かい側で何かにペンを走らせる音、頭上からは空調が吐き出した温度を感じない風。
美冬は何となしにダンデライオンの手元を見つめる。
「レイヴンの家は若葉町にある。最寄り駅は……」
「五条村雨線の緑ヶ丘駅です」
「そうそう。駅から学校を目指して歩くと途中にお花屋さんがあるんだ。
そこの二階に住んでいるから。すぐに分かると思うよ」
ダンデライオンが差し出した名刺を受け取り、文字を視線でなぞる。
名刺の裏に書いてあるのは電話番号と住所、そして『立花 真雪』の文字。
美冬の横顔には不安と戸惑いが入り混じっていた。
「何かありましたら事務所までご連絡下さい」
ノクルティカが目を細め、事務的に言葉を紡ぐ。
美冬は曖昧に微笑むと、髪を押さえながら名刺の文字を眺めた。
漠然と不安を感じながら窓越しの喧騒を聞く。

「ラプター、ね」
ダンデライオンは窓の外に見える美冬の姿を眺めながら呟いた。
「いいんですか? 彼女一人で行かせて」
「ああ、彼女はカルラの隠し球だ。何かあったとしても問題ないだろう」
「いえ、そういう意味ではなく」
背中に投げられたノクティルカの声に、顔を上げ前を見据えた。
「レイヴンの事かい?」
「はい」
「レイヴンは彼女に何か出来る子じゃない事くらい君だって知っているだろう?
それに、早めに動けるようにした方がいい。彼等は二人で一人だ」
息を漏らすように微笑む。
「確かにそうかもしれませんが」
何か言いたげな声。
ダンデライオンはそれが聞こえていないかのように目を細めた。
その瞳に宿るのは笑みではなく。
「さて、ファースト・インプレッションはどうだろうね?」
まるで墓標のようなビル群と灰色の空。
「面白い事になるといいのだけれど」

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