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19-2. Babylon Under Ground

「な、に……これ」
呆然と前を向いたままで美冬が呟く。
広がっていたのは全てを飲み込む闇と漆黒の天を突き刺そうと伸びるビル群と。

そして人はおろか、車の姿さえも消えたゴーストタウン。

まるで街全体が神隠しにでもあったように思えた。
車通りのない道で信号が事務的に鮮やかな色の光を放っている。
午前2時、葦原区豊葦原。
ビジネス街である界隈は、この時間ともなれば人がいなくなるのは当然かもしれない。
だが、それを差し引いても車の通行が一切ないというのは異常だった。
「どうなってんだ、これ。人も車も全然いねえじゃねえか」
「うん、これが普通って事はないよね。コンビニとか全部閉まってるはずないもん」
「ああ。考えられるのは」
美冬の隣に並んだ真雪は注意深く辺りを見渡して、声をひそめる。
ビル同士の間からパトカーの回転灯が周囲に赤い光を振りまいているのが見えた。
そして、彼の視線の先にいたのは。
「……エクスキューショナー」
真雪の視線をなぞり、同じ方向を見た美冬が名前を挙げる。
その声は警戒心と怪訝を滲ませていた。
死んだ景色の中で点々と黒いフードをかぶった人影が散らばっている。
十数人の黒いシルエットが無言で同じ方向へと歩いていく様は葬列を思い出させた。
幾重にも靴音が響き、耳にまとわり付く。
「警察がこの辺りを通行止めにしてんだろうな。理由なんてどうにでもなる」
「普通の事故とか殺人だったら、あたし達も入れないはずだよね? それが余裕で入れた。
あたし達だけじゃない、ポリ公がこの人数いる事自体がおかしいよ」
「ああ。多分、お前が考えてる事で間違いねえと思う」
重く立ち込める死臭の中、深呼吸をするように。
真雪は顔をしかめたままで髪をかきあげた。
「あの手紙――おそらくチャリオット絡みって事なんだろうな。
しかも警察はその事実を全部把握してないまでも、どっちかと組んでいる可能性があると」
頭の中で考えを巡らせているらしく、上の空で言葉を紡ぐ。
口を開きかけた所で疑問の視線で見上げられている事に気が付き、見つめ返す。
「そんな事も分からねえのかよ」
「人の心の中、勝手に読むな」
「どうして美冬はこんなに馬鹿なんだろう」
「うっさいバカ! あんた、殴るわよ!」
美冬は睨みながら頬を膨らませた。
怒っている事をアピールしているのか、何度も身体を隣に並ぶ真雪にぶつける。
「まあ、聞けよ。いいか」
なだめるように頭に置かれる手。
顔は笑みを浮かべる事なく、真っ直ぐ前を見据えていた。
その様子に不満そうな表情を浮かべたまま、押し黙る美冬。
「まず、警察がこの件を知って動くっつー事は有り得ねえよな?
あいつらは此岸にノータッチだし、何よりそんな力なんざねえ」
「まぁ、そうね」
「だとしたら、残る可能性は2つだ」
スラックスのポケットに手を突っ込み、突風に目を細める。
「ポリ公、もしくはチャリオットと手を組んでいる」
「え、待って。それだと……」
「そ。どっちにしろ話がややこしくなってるっつー事」
エクスキューショナーが歩く様子を眺めていた赤紫色の瞳が美冬に向けられる。
見つめ合う視線。
耳鳴りが生じるほどの静寂に無意識に小声になった。
美冬が眉間に皺を深く刻む。
「この場合、ポリ公と警察が手ェ組んでるって考えるのが自然だよね。でも、それだと」
「ああ、何でそんな情報知ってんだって事になる。
向こうにも同じモンが届いたなら話は別だけど」
「で、もしチャリオットと警察が手を組んでるとしたら」
「俺達はかなりヤバめな方々を敵に回しちゃってるかもしんないっつー事だな」
人の気配がない街では風の音さえも大きく聞こえた。
辺りを照らすのは、等間隔の外灯が放つ無機質な光。
そして二人の真正面には闇の中でも大きな存在感を放つ、増浄寺の大門がそびえる。
暗闇の中でも鮮やかな朱色は浮かんで見えた。
「まぁ、俺達の読みが間違ってなかったっつー事は言えるか。
このクソ重たい、ひでえ死臭はアイツの……」

「おお、誰かと思えば比良坂の死神と魚肉ソーセージではないか!」

靴音が近づいてくると共に聞こえたのは、どこか嬉しげな女の声だった。
口を開いたままで真雪が顔を向ける。
みれば、駅の方から歩いてきたらしい黒いコートを着たヴァンガード。
かぶっていたフードを取るとカールした髪と少女趣味のアクセサリーが姿を現す。
「いつもアブソートが世話になっとるのう! まったく、あやつはどこに行ったんじゃ。
さっきまで居たというのに、気が付けばフラフラフラフラほっつき歩きよって」
「……お前、誰だよ」
「せっかくお友達がおるんじゃから挨拶くらいしたらいいのにのう」
「いや、聞けって」
真雪がため息混じりに声をかけるが相手には聞こえていないらしい。
ヴァンガードは形のいい唇を歪めながら、口の中で独り言を繰り返していた。
「あのさ」
「ん、なんじゃ」
「だから、あんた誰だって聞いてんだよ」
ヴァンガードは苛立った調子で尋ねられて大きく目を瞬かせる。
数秒後、ようやく何かを把握したように目を細めた。
「なんじゃ、お主の所の黒くてデカいのは知っとったんじゃが。
まぁ、いい。ワシはエクスキューショナーが一、ヴァンガードじゃ」
片足を後ろに後退させ、膝を曲げる動作。
その顔には笑みが浮かんでいたが、不敵な色を漂わせていた。
真雪はヴァンガードの足元から頭までさりげなく眺める。
黒いコートを着ている時点でエクスキューショナーだと見当は付いていたが――心の中で呟いた。
「で、そのエクスキューショナーがここに何の用なの? 随分いっぱいいるけど、誰かの逮捕?」
それまで黙っていた美冬が首を傾げる。
そこにあるのは密かに探る視線と、それを隠す微笑。
問われた彼女は口元に指を当てた。
「さあのう。もしかしたら星を見に来たのかもしれんぞ?」
「通行止めにした挙句に人払いまでして?」
「可能性はあるじゃろう? ワシ等は変わり者ばかりだからの」
様子を窺うように覗き込むと小さな笑い声と共にきびすを返す。
見えるのは死臭混じりの風でひらめいたコート。
それぞれが何かを考え、沈黙した。
「じゃが」
重くのしかかるような夜気が身にまとわりつく。
時折、目に飛び込んでくる赤い光が何故か不安を駆り立て。
囲むように立つ、背の高いビル達は灯りを点す事なく眠りについていた。
今にも倒れてきそうな気がして不安を覚える景色。
「ここでする事といえば一つしかあるまい? お主等と同じ用件じゃろうな」
「それは、どっかの誰かさんを討つっつー事か?」
「こんな人っ子一人いない場所でする事なぞ限られておる」
笑いを含んだ声が言う。
「まぁ、ワシらの仕事はそれだけではないがの」
「どういう意味?」
首をひねり、顔だけで振り向いていたヴァンガードが身体を2人に向けた。
真雪は視線を向けられて、わずかに睨む。
固まったように動かなかったが、咄嗟の動きに反応できるように警戒しているのは明白だった。
「マスターより監視を命じられててのう。『比良坂の死神から目を離すな』と言われておる。
特にレイヴンとラプター ――エニグマを、と」
「何それ?」
「自覚がないんじゃろうが、エニグマという力はチャリオットと同等の脅威じゃ。
前回の廃校での一件では共闘に近い形ではあったが、お主等の動きによってはどうなるか分からん」
それまで笑みを浮かべていた顔が険しくなった。
「心せよ、死神ども。お主等はしつけが行き届いてない狂犬に引かれ、歩いているようなもの。
そいつは時に飼い主にも噛み付くぞ」
不意に。
ヴァンガードの言葉を遮るように二つの電子音が鳴り響いた。
それは真雪と美冬の耳元に付けられたインカムから。
思わず顔を見合わせた二人を眺め、頷くとヴァンガードが再び背を向ける。
最後に見えたのは薄い笑み。
「自分だけなら良いが、他人を噛み殺すかもしれん事を忘れてはいかん。
さらばじゃ、エニグマ。相対する事がないよう祈っておるぞ」
靴音が消え行き、ヴァンガードが闇と同化した。
向けられた言葉を脳裏で繰り返しながら見送っていた美冬が、鳴り続ける着信音に我に返る。
慌てた様子で耳元のボタンを押した。
そして、聞こえてきたのは。

『こんばんは、可愛い天使諸君。こちらダンデライオン、良い夜だね』

始まりを告げるノイズ混じりの声。
隣に佇む真雪と目配せをし合う。
『これより作戦を開始する。今宵のダンスパートナーはチャリオットだ。
彼は恥ずかしがり屋さんだから僕らが来るのを何処かで待っているはずだよ』
ダンデライオンがインカムの向こうで微笑んでいるのだろう。
声から容易に想像が出来た。
湿気の混じる風が通り過ぎ、どこかでプルメリアの香りを感じた気がする。
思わず振り返り、誰もいない事を確認した。
『僕らが彼のラストダンスのお相手になって差し上げようじゃないか。
くれぐれも無理はせず、クールにスマートにね。愛しているよ』
『こちらノクティルカ、改めまして作戦をお伝えします。
ミッション【死神狩り】、クリア条件はチャリオット討伐です』
言葉が終わると同時にノクティルカの声が耳に飛び込んでくる。
無感情な声が事務的に言葉を紡いだ。
そこから感情を読み取ることはできない。
けれど、声に棘に似た何かが含まれていた。
『チャリオットの捜索および、討伐はレイヴンとラプターが担当。
その他、イレギュラー掃討と2人のサポートはダンデライオンとサーペントに。
ウォークライは監視と邪魔者の排除を宜しくお願いします』
誰もいない、この場所に立っていると取り残された気がする。
月さえも隠れた暗いだけの夜。
時間が凍り付き、全てが静止していた。
『彼を彼岸へ送って差し上げましょう。それが我々に唯一出来る事です。
――ご武運を。愛してますよ』
最後の言葉に小さな笑みが宿る。
真雪は辺りを伺うように視線を動かしながら黒い革手袋をきつく嵌め直した。
『ウォークライだ』
この暗闇の中で警戒するほど全てが敵に思える。
視界の端の街路樹、無機質な物達が目を離した隙に動き出すのではないかと。
『舞踏会場の外は警察が交通規制しており、一般の侵入は不可能。
話によると不発弾処理という理由で人や車の進入を禁じているらしいが。
爆弾とは言い得て妙だ。アイツは確かに爆弾には違いない』
ウォークライの言葉に美冬が横を向き、狭間に見え隠れするパトカーを眺める。
そして何かを把握するように数度軽く頷いた。
『存分に踊れ。【勝利は我らと共に】……出来うる限りのサポートをしよう。愛してるぞ』
『踊るにゃアうってつけの夜さね。入口待機のサーペントだ』
微笑む声が言葉を引き継いだ。
インカム越しのサイレンと、遠く背後からの音が重なる。
『随分とエクスキューショナーの小僧がいるもんだ。隠れみの位にはなるかねェ』
美冬が不意に傍らを見上げると、視線がぶつかった。
真雪が片眉を上げて笑みを浮かべると一つ頷く。
淡く発光する白いベールは相変わらず彼を包んでいた。
死期を表すそれが分厚くならない事に多少の安堵を感じつつも
消える気配がない事に不安を感じる。
唇を噛んで、心の中で膨らみかける恐れを打ち消そうとした。
『あたしゃ雑魚掃除でもしようかね。矢面に立つのは久しぶりだが、まァなんとかなるだろう。
お嬢や坊主は若造の相手に集中しとくれよ?』
サーペントは、まるでこれから祭りでも始まるような口ぶりで楽しげだった。
『積もる話もあるだろう、熱い夜を過ごしとくれ。ふふ、愛してるよ』
視界の端を飛ぶ影に真雪が鋭く反応する。
何かの攻撃にも見えたそれは鳥――カラスらしかった。
小さくため息をつくと空を仰ぐ。
「こちらレイヴン、現在地は増浄寺と駅を結ぶ大通り。
不気味なくらい静かだな。静か過ぎて怖くなるよ」
言葉と裏腹に笑うように口の端を上げた。
踵がアスファルトを打ち、リズムを取る。
「こんな広範囲じゃ、美冬とは別行動でダーリンを探した方が良さそうだ。
2人で動いてたんじゃ効率が悪くて仕方ねえ」
『危険ではありませんか?』
「それは二人でも同じ事だろ。俺的には出来るだけアイツを早く見つけ出したい。
ヤツが何かしでかす前に、とっとと潰したいってのが本音。どう思う、美冬?」
「確かに別行動の方がいいかもね。チャリオットの居場所が見当ついてればいいんだけど
死臭を辿るにも出所が分からないし」
感覚を研ぎ澄ませて風の匂いを嗅ぐ美冬を一瞥した。
インカムを指で押えて遠くを睨む。
「そんな訳で俺達は別行動でチャリオットを探し出して、見つけ次第ぶっ殺す。
コレは生きるモンとして、死神としての意地だ。アイツは逃がさねえ」
強い口調で吐かれた独白。
「今夜で全部終わりにしてやる、絶対に。愛してるぞ」
「こちらラプター、真雪と同地点に待機中。いつでも動けるよ」
一拍置いて美冬が話し始める。
彼女の見つめる方向にはエクスキューショナーの姿があった。
無言で佇む黒衣の集団。
その黒いシルエットが街を非現実的な景色に変えていく。
「真雪の言ってた通り、別行動でチャリオットの捜索するから。見つけ次第、連絡するね」
足元にある自分の影に視線を落として言う。
何か迷っているのか、言葉を選ぶ沈黙が幾度も生まれていた。
その姿を真雪は黙って見つめる。
「あの人は終わりにしたがってた。罪を重ねたくないって言ってた。
死ぬ事は救いじゃない。でも、それでしか解決できない事だってあるんだ」
インカムの向こうも、美冬の周囲にも音は聞こえなかった。
誰もが耳を澄ます。
「あたしは出来る事を全力でやる。大丈夫、あたし達ならきっと出来るよ。
……愛してる、みんな。ずっと一緒にいようね」
自分に言い聞かせる響きを持つ言葉。
俯いた顔から見えた口元にはどこか寂しげな笑みが宿っている。
頭を撫でる手に気付いて顔を上げると。
微笑む真雪が何か言いたげに肩をすくめて見せた。
その様子に困った表情のままで笑おうとする美冬。
作戦開始を告げる声を聞きながら言葉もなく立ちつくす。

遠くで吠える声は幻聴だろうか、それとも。
光のない空を見ていると、夜は明けないのではないかと不安にもなった。



「よし、じゃあ俺たちも動くか」
数分経った頃、真雪は気を取り直したように明るい声で言った。
思考を破られて弾かれた反応を見せる美冬が顔を上げて慌てて頷く。
気がつけばエクスキューショナーは視界から消えて、街にいるのは2人だけになった。
取り越された気分になる。
「お前はどこを回る?」
「え、と。公園のあたり、ぐるっと回ってみようと思うんだけど」
「そっか。じゃあ、俺は増浄寺にでも行ってくるか」
ネクタイの結び目を掴んで絞め直しながら小さく唸る声。
周囲の様子を窺っているのか、視線がせわしなく動いていた。
「公園、増浄寺。あとノーマークなのは東京タワー辺りと駅方面か。
駅に関してはウォークライがいるから大丈夫かね」
「うん」
「寺付近を一通り回ったら、俺が東京タワーまで行ってみよう。
親父と姉御、オマケにポリ公もいるから探すのはそんな時間かからねえかもな」
心配そうな表情で上の空を返事を返す美冬を気にせずに真雪が話す。
声は普段と変わらないが、そこには緊張感が漂っていた。
表情を引き締めたままで。
「じゃあな、美冬。気ィつけろよ?
間違ってもアイツ見つけたからって考えナシに突っ込まねえように」
そう言いながら置かれた手に、肩をすくめて身構える。
乱暴に撫でる手が数回軽く叩いて離れた。
きびすを返す動作。
ゆっくりとした靴音が聞こえ、黒いスーツ姿の背中が正面に向かって歩き始める。
背中を向けたままで手を振る真雪。
「あ」
それを見ていた美冬が小さく声を漏らした。

何を迷っているのだろうと美冬は自問する。
伝えたい言葉があったはずなのに出てこない。
声をかけなければと思うのに何を言っていいか分からない。
天使のベールをかぶった姿が目の奥に焼き付き、もう会えないのではないかと怖くなった。
足がすくみ、動けずに固まる。
言いようのない不安で胸が締め付けられた。

突然、真雪が数メートル先で立ち止まる。
何かを思い出したのか。
ややあって振り返った。
「……これから、でっけー敵倒しにいくってツラじゃねえな」
遠くに見えた苦笑。
その言葉にも答えず、見つめる美冬を困った表情で眺めた。
髪を掻きながら空を見上げた後、
耳に装着していたインカムをはずすと自分の耳を指差した。
意味も分からずに動きを止める美冬は、ようやく何かを理解したように
戸惑い気味にインカムをはずして真雪に視線を投げる。
満足そうに頷く正面にある顔。
そして。
「ほら、来いよ」
真雪は笑って、おどけた所作で両腕を広げてみせた。

次の瞬間。
呆気に取られた美冬が俯きがちに笑みを漏らした後、真雪に駆け寄り。
勢いそのままに抱きつく。

「どうした、ずいぶん弱気じゃねえか。こういう時、いつものお前は
チェイサーの血が騒ぐとか言って燃えるタイプだろ」
バランスを崩しかけて数歩よろめきながら、苦笑した。
顔を埋めたままで硬く抱きしめる美冬の様子は何かを必死に堪えている風にも見える。
伝わるのは不安と恐れ。
「怖いのか」
問うとポニーテールが大きく揺れた。
なだめるように抱き返す。
道の真ん中でシルエットが一つになった。
「どうすればいいか、何をしなきゃいけないかも分かってるのに足がすくむんだ。
こんな事、無かったのに。こんな事考えてちゃいけないって分かってるのに」
「そっか」
「たまに気持ちが揺らぎそうになる、間違ってるんじゃないかって。
本当にこれでいいのかって何度も聞いて不安になるの」
「俺達はロボットじゃない。そう思う事だってあるさ」
鼻腔を突く死臭が十数分前よりも濃くなっている事に気がつく。
それは単に風が運んでいるだけなのか、『彼』が近くにいる事を表しているのか。
「大丈夫だ」
「ん」
「アイツを止められるのは俺達だけで、この方法しかない」
「そう、だよね」
不安げな様子で曖昧に頷く声。
美冬の頭を見下ろしていた真雪が何かに気付いたように動きを止める。
「美冬」
「ん?」
「ちょっと顔、上げてみ?」
美冬が不思議そうに顔を上げると、伸ばされた手が前髪をかき上げた。
不可解な行動に数度大きく瞬く。
「な、なに?」
問う声を無視して真雪が顔を近づける。
視界が影に覆われる前に見えたのは笑う口元。
額に柔らかい感触と体温が伝わった。
顔が一気に赤くなり、息苦しさを感じ。
美冬は目を見開いたままで固まった。
数秒の空白、その後。

「なっ! いいいいいいい!? ちょっと! 何コレぇ!?」

真雪の顔が離れると同時に頓狂な声が上がる。
死んだ街並みの中に美冬の声だけがこだまし、響き渡った。
「……デコにちゅーだけど」
「何やってんスか! 何のつもりよ!?」
「元気出るかなーと思って。つーか、なんで微妙に喋り方が体育会系なのよ」
動揺をあらわにしながら辺りを見渡し、真っ直ぐに視線を合わせようとしない様子に
真雪が笑いをこらえながら答える。
落ち着きなく髪に触れ、拗ねたような視線で一瞥するもすぐに顔をそむけた。
「こ、こんな時に何してんのよバカ! もう信じらんない!」
「口にした方が良かった?」
「む、むぎー! 死ね、死ねばいいのに! ていうかヤツより先にお前が死ね!」
怒気混じりの声と共に繰り出された拳を真雪が笑いながら手のひらで受け止める。
からかうように薄笑いを浮かべて美冬の頭に触れた。
顔を紅潮させたまま、悔しげに唇を噛む顔を窺いながら。
「うん。やっぱりお前は、そっちの方がいい」
その言葉に一瞬動きが止まり、徐々に表情が和らいでいく。
「元気でたか? 相棒」
肩に垂れたインカムから何かを言っているらしい判別不能の声がした。
静まる夜の中で佇む。
モノクロの中で二人は笑った。
「出来るって思ったら出来るし、その逆もしかりだ。
信じろよ、美冬。自分の決断を、自分が正しいと思った事を」
「うん」
「とりあえず前に進もうぜ。俺達は俺達の仕事をしよう」


影が蠢き、死臭が立ちこめる。
誰もいない死んだ街。
そして、火蓋は落とされた。

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