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19. 今宵、死神とダンスを

他の者は全て眠っているのではないかと思った。
人だけではなく、街さえも。
それほど全てが静寂に包まれている。
このまま黙っていると言葉を忘れてしまう気がした。
かと言って、無闇に言葉を発する事もためらう空気がここにはある。
「これは確かに素敵なラブレターだね。心がときめくな」
比良坂事務所のソファに座ったダンデライオンが不敵な色を目に宿したままで小さく笑った。
言葉とは裏腹の張り詰めた口調。
その言葉に答える者はいない。

原因はテーブルの上に置かれた数枚のカードだった。

昨日、ダンデライオン宛に届いた差出人不明の白い封筒に入っていたそれは
奇異な印象を漂わせている。
真っ白な葉書サイズの紙に印字されたメッセージと2枚のタロットカード。
そこから放たれる、絡むような甘い花の芳香と重い死臭が
離れた位置で佇む死神達の鼻腔にも届いていた。
「差出人は書いていないが、これを見る限り誰からかは明白だ」
「チャリオット」
「ああ。プルメリアと死臭、ここに書いてある文面を見ると他の可能性を考える必要もないな。
むしろ、彼以外である方がおかしい」
蛍光灯に照らされて眩しく光る白い紙に視線が集中する。
「『姫君は騎士のキスで目覚めた。物語は終わっても彼らの人生は終わらない。
物語に本当の結末を記そう』……確かにこんな事、アイツ以外に言う奴は浮かばねえわ」
「姫君と騎士ってェのはお嬢と坊主の事を指してるんだろうね。でも」
火の付いていないキセルをくわえたサーペントが身を乗り出すと目を細めた。
言葉を切り、カードの一点を指で指す。
「ここの数字はなんだってんだろうねェ? パっと見て、浮かぶのは日付だが」
文の下に書かれていた『0525 26:00 105-0011』の無感情な文字。
どこからかため息が漏れるのが聞こえた。
「5月25日って明日だよね。で、26:00っていうのは多分時間でしょ?
っていう事は最後のって……」
「場所、という風に考えるのが自然でしょうね」
前傾姿勢でソファに座ったまま、唇に指を当てたポーズで
首を傾げる美冬の言葉を引き継いだのはノクティルカだった。
顔を向けられている事も気付いていない様子で顎に手を置いたまま、視線を落とす。
「なるほど。確かにそうだな」
「ええ。そして、場所を示す七桁の数字と言って真っ先に思い浮かぶのは」
見つめてくる複数の顔を見渡して、軽く頷いた。
「郵便番号です」
ウォークライがカードの傍らに置かれた白い封筒を手にとって、睨むように見つめる。
視線の先にあるのは素っ気なく印字された住所。
「ここは170-0013か。すると105というのはどこになるのだ?」
窓の外には漆黒と人工的な光がどこまでも広がっていた。
いつもなら感じる喧騒を今日は感じることはできずに。
どこか作り物めいた印象で、この世界に存在するのはこの場所のみであるかのような錯覚。
「葦原区豊葦原。増浄寺や葦原公園のある辺りのようですが」
「葦原区ってェと」
「はい。もっと分かりやすい言い方をするなら東京タワー付近です」
その言葉に事務椅子の背もたれを抱えるようにして座っていた真雪が合点のいった声を上げた。
何かを納得したように何度も頷いている。
「あー、なるほどな。それで塔のカードっつー事かよ」
真雪が手に取ったのは封筒にメッセージの書かれた紙と共に同封されていた
タロットカードの1枚。
鮮やかな色で描かれた崩落する塔の絵を顔の前に出し、睨むように見つめた。
「それを表しているのだろうな、おそらく」
真雪の隣に立つウォークライが静かに言った。
空調にかき回されるプルメリアの香りの中で微かに息をついた。
「塔ってタロットで一番悪いカードだったっけ。えーと」
美冬が顔をしかめたままで天井を見つめる。
思い出せない事にじれったさを感じるのか、足が苛立ったリズムを踏んでいた。
ややあって胸の前で手を打つ。
「そう、破滅と危機。それと終わり」
「……アイツが何か言いたげで腹立つわ、微妙に」
「それで塔のカードと一緒に入ってたのが死神のカードだっけ」
真雪の呟きに頷いた美冬がテーブルに置かれたカードに視線を投げた。
その顔には自嘲にも似た正体不明の笑みが浮かぶ。
机の上のカードに描かれた笑みを浮かべる骸骨を見つめたままで。
「13番目の死神ね。これは指名してもらったって取っていいのかな?
まぁ、言われなくてもって感じだけど」
美冬と真雪が視線を合わせて、目で会話するように苦笑した。
それを見ていたダンデライオンは顎を引いて頷くと一同に視線を巡らせる。
前触れなく沈黙が流れた。

「これはチャリオットからの宣戦布告だと思って間違いないだろう。
冥府より討伐令が下された今、迷っている時間はない。諸君、やってくれるね?」
「そりゃな。つーか、もともと選択肢なんてねえんだろ?」
「まあね。確かにそうなのだけれど」
「奴にゃア喧嘩売られたまんまだからねェ」
頷く顔と交わされるやり取り。
ダンデライオンは目の前に座る美冬に違和感を覚えて視線を向ける。
神妙な面持ちで頷く者達の中で、彼女は表情を曇らせていた。
「ラプターはどうだい? やってくれるかな」
真っ直ぐに見つめ、問う。
顔を上げた美冬は何か言いたげな眼差しを投げたままで無言だった。
言葉を選んでいるようにも見える表情で。
わずかな間の後。
「あたしは」
硬い声音に周囲の目が一斉に向けられる。
生気のない景色の中、動くものはなかった。
「大号令が出なくても、チャリオットを殺すつもりだった」
膝の上に重ねられた手を強く握る。
静かに言い放った言葉を脳裏で繰り返していたらしいウォークライが
思いつめた風の横顔を見た。
「それは報復か?」
問うた声にゆっくりと首を横に振る美冬。
髪が柔らかく揺れ、流れる。
「頼まれたんだよ、チャリオットに」
「頼まれた?」
「うん、あの廃校で『殺してくれ』って言われたの。自分が人であるうちにって」
思い出しているのか、遠くを見ていた翡翠色の瞳がダンデライオンを見つめた。
真雪の中に流れ込むのは静かな決意に似た何か。
おそらく美冬の感情なのだろう。
「あの人も戦ってるんだ、自分自身と。狂気と正気の中で」
「なるほど」
「……でもさ」
頷く声に真雪の不機嫌そうな声が重なった。
背もたれに顎を乗せて虚空を睨んでいる。
身体を前後に動かす度に生じる軋む音が辺りに大きく響いた。
静けさは増し、重く立ち込める。
「なんか今更かもしれねえけど、本当にアイツが突然死の原因なのかね?」
何気ない口調で吐かれた疑問に一同の動きが止まる。
注目され、真雪は慌てたように身体を起こした。
「あ、いや! チャリオットが犯人じゃねえって言いたいワケじゃなくてさ。
なんつーか、本当にアイツを倒して全部解決すんのかなーとか」
壁に掛けられた時計が等間隔で時を刻む音だけが流れていく。
誰もが考えるように押し黙った。
空調が灰皿から立ち上る煙を揺らすのが見える。

「全てを解決する事は出来ないかもしれません」
無言を破ったのはノクティルカだった。
「突然死の被害を食い止められる可能性は高いです。
けれど全てを暴き、根絶させる事が出来るとは限りません」
「どうして?」
「まだ分からない事があるからですよ。我々に見えていない物がある」
無感情な声が淡々と答える。
けれど、その眼鏡の奥の瞳には怒気が見え隠れしていた。
「ミロクってェ野郎、か」
「確かにな。ミロクとチャリオットとの繋がりは分かってんのに
奴に関しちゃ、名前と見た目以外は全然分かってねえし」
サーペントの独白に真雪が答える。
曇った表情を浮かべたままで顔を見合わせた。
「ミロクに関しては分からないが、突然死はチャリオットが原因だというのは
間違いないのではないか」
塔のカードを手にしていたウォークライの声が呟くように切り出す。
それまで黙って耳を傾けていたダンデライオンはゆっくりと瞬くと口の前で手を組み、
囲む死神達を見渡した。
「ふむ。では、そう思う根拠を挙げてみようか。
――まず、チャリオットが生き返った日に最初の突然死が発生した点」
「廃校にはプルメリアが敷いてあった」
ダンデライオンの言葉に続き、ウォークライが答える。
「それから、チャリオットの目撃情報から割り出した行動範囲と
突然死の発生地域は、ほぼ一致している事が分かりました」
「あとはアイツ自身もハーメルンの笛吹き男の話をしていたって話だっけね?」
「あ、あたしもチャリオットと二人っきりだった時に聞いてるの。
それ言った後『言っただけでは、どうって事ないか』とか何とか言っていた」
「つー事は少なくとも俺達の前で二回言ってるって事か? 美冬が聞いたのと、俺と親父が聞いた時と」
交わされるやり取りに、どこからともなく小さな唸り声が聞こえた。
美冬は考え込むように机の一点を見つめていたが、急に顔を上げる。
「それと、本人が言ってた狼と小鳥の例え話だ。
あとは『魂を食べなきゃ生きていけない』って発言も」
沈黙が流れる。
「やっぱり、アイツしかいねえって事だな。こんだけ揃うと」
一拍置いて吐き出された、ため息混じりの言葉。
顔を見合わせて、目で会話するように目配せし合った。
ダンデライオンが座り直し、姿勢を正す。
それと同時に張り詰めていく空気。

「チャリオットが突然死の原因だとする証拠が揃い、改めて我々の敵になった訳だ」
ダンデライオンの口調は殺気を帯びていた。
鋭い眼差しで美冬の肩越しの夜を見据える。
「確かに彼を倒しても全てが終わるという確証はどこにもない。
だが、彼を倒すべき理由はある」
ここにあるのは息をひそめたくなる緊迫した空気。
ダンデライオンの声だけが響いた。
「冥府勅命だからか? それは違う」
色彩のない、モノクロばかりの部屋でゆっくりと頭を振る。
「死に関わる存在として、この世界で生きる人間として」
日常も穏やかな空気も消え去り、殺伐とした雰囲気の中で。
静寂。
誰も動かずに。
「生き返りを許すな。死人に自由を与えるな。奴を彼岸へ叩き落せ」
ダンデライオンは立ち上がり、宣言するように強く言った。
頷く顔に視線を巡らせて口の端を上げる。
「さあ諸君、夜が始まる」
忍び込む死臭を感じたのか、窓の外に視線を投げた。
浮かぶのは殺気混じりの不敵な笑み。


「今宵、死神とダンスを。さあ、諸君。行こうか」

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