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15-5 13番目の死神

ドアの閉まる音を一瞥すると真雪は顎を上げ、チャリオットに笑いかける。
見下ろす金色の瞳。
大きく歪む口元は憑かれているようにも見えた。
足元の花を蹴飛ばす仕草に白い断片が楽しげに舞う。
「俺を殺すか、死神」
死臭も花の芳香も忘れた。
ここにあるのは殺気と張り詰めた空気。
チャリオットは壇上から降りると、数メートル隔てて真雪と向かい合う。
中央にある、フローリングの床が見える部分は美冬が横たわっていた跡だ。
そこを見るたびに不安や恐れが残っている気がして、怒りがこみ上げてくる。
「ああ」
首を傾げて微笑んだ。
「殺せるのか? お前に」
「殺せるよ」
「息をし、動き、人の形を成す者を殺せるか?」
感情を押し殺した問い。
チャリオットの手が背中へと伸びる。
おそらくそこには彼の武器があるのだろう。
視線を正面に向けたままで、わずかずつ悟られないよう手が動いていた。
「それが何?」
夜明けではないかと錯覚するくらいの明るさが部屋へと踊りこむ。
夜はこんなに明るく、静かなものなのだろうかと。
埃っぽい空気が肌に触れ、体感できないほどの微風に乗って揺れた。
「人とかそれ以外とか、そんなの関係ねえじゃん」
「それがエニグマであるお前の答えか」
「うぜーな、お前。エニグマエニグマってうるせえんだよ」
真雪が睨むように目を細め、足元から死人を眺める。
ネクタイを緩める仕草のままで静止。
苛立つ口調が不機嫌そうに吐き出された。
「なあ、俺とヤりたいんだろ?」
口元が薄く笑みを浮かべる。
「何度でもイカせてやるって。あの世で美冬……いや、ヨイに
手ェ出したコト後悔しとけ、とりあえず」
手のひらを天井に向け、差し伸べられた右手。
人差し指が誘うように動いた。

「ほら、来いよ」

その言葉と同時に動く。
背中に隠されたチャリオットの腕が振り上げられると同時に生じた金属音。
鞘から抜かれたナイフが月影を反射した。
真雪は体をそらせながら、声を上げて笑う。
「そーこなくっちゃ!」
腕が左右へと大きく広げられ、まるで何かをばら撒くような素振りを見せた。
拳が開き、手のひらから生まれる光。
一斉に飛び立つ。
蝶の形をしたそれは不安定な動きをしながらもチャリオットめがけ。
「お花畑には、ちょうちょがいねえとな」
室内を飛びまわり、纏わりつく光など見えていないようにチャリオットは一直線に駆けた。
視線の先には死神。
一気に間合いを詰める。
口の端が徐々に持ち上がり、表情を歪ませながら笑った。
虚空を切り裂くナイフ。
線を描くそれは、まるで自分の身を守ろうとしているかのように。
これは牽制だ。
瞳が素早く動き、チャリオットの腕の動きを辿る。
「本来ならば戦う相手ではないのだがな!」
「なんだよ。負けた時の言い訳か?」
視界の端に鋭い光が見えた。
頭上に掲げられたそれが自分を狙い、斬ろうとするのを。
「見えてんぜ、オッサン」
チャリオットの動きを食い止める真雪。
顔の前に左腕をかざし、チャリオットの腕を受け止めて防御する。
覗き込むように笑った。
振り下ろす力と弾こうとする力がぶつかる。
真雪の唇が大きく歪み、口角を上げた瞬間。
チャリオットがその目に何かを見たのか、後ろへ跳び退いた。
わずかに足を滑らせながらもチャリオットは床に手をつき、着地する。
花と蝶が舞い、二人を遮った。
その隙間に見える舌打ちと怒気をはらむ目つき。
再び距離が生まれ、にらみ合う。
「……さすがにこの程度じゃバレバレか」
死神の独白が漏れた。
ナイフを持つ手を下ろし、チャリオットは血の味がする唾を飲み込む。

前方3メートル先、敵は真雪――いや、エニグマの半身。
普段の彼であれば、戦闘スタイルから癖に至るまで知っている。
だが、目の前にいるのは真雪の外見をした別人だ。
どこか不安定な印象を持ち、思考が全く読めない。
戦う必要はないが今の状態では戦わざるを得ないだろう。
思考を巡らせるチャリオットの目が真雪のわずかな動作も逃すまいと凝視していた。

体に絡みつく蝶を手で払おうとする。
無数の光の塊が視界を奪っていた。
その様子は、命がないはずの物達が離れた位置で笑う彼を守ろうとしているかのようで。
「さーて、どうやって攻撃すればいいかな?」
場違いなほど明るい口調。
腰に手を当て、天井を仰いでいた真雪が目だけを動かす。
「大型の範囲系スキルはヨイを巻き込む危険もあるから使えねえ。
炎系? それも駄目だ。燃え移る可能性もあるし、何が起こるか分かったモンじゃない」
この部屋は四角く区切られた、二人のために用意された闘技場。
椅子は壇上の上に一つあるのみで、かつて学校であった事を表す物は他に何もない。
等間隔の靴音が秒針の音のように響いていた。
押し黙る世界の中で。
「じゃあ、どうする? 他に武器らしいモン使えるわけじゃねえし、ある程度の攻撃は読まれちまう」
警戒心をあらわにするチャリオットを気にする様子もなく、言葉を紡ぐ。
まるで音楽を聴いているかのように体を動かしながら。
「その答えは」
真雪の人差し指が自分のこめかみを示した。
銃を真似た手、悪戯っぽく笑う顔。
眉間にしわを寄せたチャリオットを覗き込むように前かがみになり、身を乗り出す。
唇が笑みを浮かべながら銃声を真似た。

瞬間。

チャリオットの周りを舞っていた蝶が真雪の声に反応し、同時に小さな爆発を起こす。
耳を襲う爆音に笑い声が重なった。
赤い飛沫が見える。
チャリオットは咄嗟に防御の姿勢をとったが、体の数箇所に痛みを感じた。
わずかに歪む顔。
けれど、それはすぐにいびつな笑いへと変わる。
辺りに漂う薄い幕のような煙の向こう。
靴音が迫るのを感じた。
自分の前方、いや――
「跪けよ、死にぞこない」
「それはお前の方だ」
間近に聞こえる声と共に煙の中から黒い残像が見えた。
それは足か、それとも拳か。
おそらく彼は胴を狙っているのだろう。
自分を狙う真雪の拳をチャリオットは弾くとナイフを逆手に持ち替え、横一直線に薙ぎ払った。
けれど、その攻撃もまた後ろへ跳ねる靴音に阻まれ。
一瞬の沈黙。
軽く息をつくような笑みが見えた気がした。
「ちょうちょの他に鳥さんもいた方がいいって?」
さえざえとした夜空が視界の端に映る。
楽しげな声が発せられると同時に自分に飛び込んでくる光。
それは真雪の言葉どおり鳥の形を模していた。
はばたきの音さえ聞こえそうな。
避けるか斬るか、悩んでいる時間はない。
チャリオットは鼻先まで迫ったそれを大きく振りかぶって袈裟切りにした。
瞬間、散らばる残骸。
それは雪のように細かく輝きながら消えていく。
「子供騙しはいい加減にしろ。遊んでいる暇などないのではないのか」
「待ってんだよ、アイツが目を覚ますのを」
チャリオットを見つめていた視線がドアに移された。
つられて視線を向けても何か変わった様子は見られない。
あるのは沈黙。
人の気配は感じるものの、眠っているのではないかと思ってしまう。
「あんな真似されたんだ。ヨイもお前を殺したいんじゃないかと思ってさ」
苛立ちを示すように足がリズムを取っていた。
睨む視線には肌を刺すような殺気と攻撃性が見える。
「でも、忘れてたわ」
不意に言葉を切り、真雪は苦笑を漏らす。
髪をかき上げる仕草のまま首を横に振った。
「姫君はキスしなきゃ目を覚まさないんだった。おとぎ話のお約束だよな」
軽い口調で言うのと同時に俯いた顔が持ち上がる。
見えたのは飢えた光を放つ瞳。

刹那、真雪が一気に距離を狭めた。
考えるよりも先にチャリオットの体が動く。
真雪の右手、瞳の動きに目を走らせ。
耳元で風が唸る。
笑う顔、唇が何かを唱えるのが見えた。
空気が動くのを感じる。
大きく響く、鋭くぶつかる音。
「エニグマ」
チャリオットが押し殺した声で名を呼んだ。
眼前にあるのは相手を斬ろうとするナイフ。
鍔迫り合いの状態で止まる。
真雪は球状の光を手に宿したままで迫る刃を押し返そうとしていた。
ぶつかり合う力は均衡を保ち、動こうとしない。
「言ったはずだぞ、戦う相手ではないと。俺達は仲間なのだ」
「命乞いならもっとマシなコト言えよ」
力を込め、震える手。
食いしばった表情のままで眉間にしわを寄せた。
間近で睨み合い、息を殺す。
「力を貸せ。これはエニグマ――いや、お前の片割れが望んでいる事にも繋がる」
「お前にヨイの何が分かる?」
「悪いようにはしない。だから……」
耳元で生じた火花が散るような音に言葉が飲み込まれる。
長く続くと思われた膠着した空気は真雪が振りかざした手によって消えた。
武器を弾く動作。
チャリオットがわずかにバランスを崩す。
「ふざけんな! 誰がお前なんかに手ェ貸すかよ!」
怒号が室内に響いた。
感情を爆発させ、睨みつける顔。
真雪の右手に宿した光の球が膨らんでいく。
「俺の体も、力も、血一滴に至るまで全部ヨイのモンだ!
アイツ以外の為に力なんざ使ってたまるか!」
「ならば俺が美冬を操る事が出来れば問題ないのか?」
「そんな真似してみろ。判別できねえくらいに刻むからな!」
その言葉を残して一歩踏み出すと、何かを投げる動作を見せる真雪。
めがけて飛んでくる光を避け、チャリオットは懐に入り込む。
一気に動き、張り詰めていく空気。
背後で何かがぶつかる音が轟いた。
まるで地響き。
ひらめく刃が切り裂こうとするが。
「見えてるっつってんだろ!」
阻止する真雪の手。
それと同時にチャリオットの腹部に拳が食い込む、鈍い痛みが走る。
わずかに顔をゆがめるように睨んだ。
まるで『効かない』とでも言いたげに口元だけで笑いながら。
再び、真雪から風が生じるような音が聞こえた。
「お前の動きも見えている」
低く呟く声。
チャリオットが腕を払うように力任せにナイフを振るう。
一瞬見えたのは赤い線。
だが、全てを捉えたわけではないのは手ごたえで分かった。
足止めをさせるほどのダメージも与えていない。
その証拠に真雪はしゃがんで攻撃を回避している。
舌打ちし、再度切り裂こうと身構えた時。

「はい、捕まえた」
真雪は下から中腰の姿勢で、チャリオットに手を伸ばし。
彼の顔を鷲掴みにしていた。
「く……っ!」
「お前の攻撃は大振りすぎる。ま、俺もヒトの事言えねーけど」
こめかみには締め付ける感触。
真雪は顔を覗き込んで、ゆっくりと口角を上げる。
頬の血をぬぐう仕草。
小声で囁くような声の中に殺気が見えた。
「どうしたの、オッサン。もうイッちゃう?」
払いのけようとすれば出来ない事はない。
ここから攻撃を仕掛ければ、一気に形勢は逆転する。
だが、顔を掴んでいる目の前の死神はキャスター。
この体勢でスキルを発動すれば、自分の頭を吹き飛ばす事などたやすいだろう。
チャリオットは歯を食いしばった表情のままで、思考をめぐらせる。
「1人だけ気持ちよくなる男は嫌われるぜ」
微笑む声が目の前から発せられる。
ナイフを握り直し、体をわずかにねじった。
出来るとすれば真雪の隙をつく事。
武器の位置は、死角。

ならば。

銀色の光が真雪の視界の端から飛んでくる。
視線が素早く動いた。
真雪の反応が早いか、それともチャリオットの攻撃が早いか。
死人が笑う。
全てがスローモーションに見える景色。
見えたのは鮮やかな赤。
白い花に鮮血が滴り落ちる。
真雪は眉間に深くしわを刻みながら、ナイフを握って受け止めていた。
「何、俺もイカせてくれるって?」
肩で呼吸をしながら、乾いた笑いを浮かべる。
けれど目は見据えたままで。
「喘げ、死神」
「効かねえよ。効かねえんだよ、お前の攻撃は!」
「揃って威勢が良いな。面白い」
無理矢理、真雪の手をこじ開けるようにナイフが動く。
短く漏れる声にチャリオットの目が笑った。
薙ぐナイフと共に舞う、赤い飛沫。
「這え」
その声と共に真雪の足元を払うように蹴った。
真雪はバランスを崩しながらも、チャリオットの眼前に手をかざすようにしてスキルを打つ。
放たれる光の球は唸りを上げながら、頬をかすめ。
チャリオットの背後で爆発を起こした。
「痛みでコントロールが鈍ったか? 意外に傷は深いようだな」
「うる……」
言いかけた言葉はチャリオットの攻撃にかき消される。
体勢を整えようとした真雪を再度襲う、一蹴。
背後からの衝撃に床に崩れた。
「それとも一人では何も出来ないと?」
視界に写るのはチャリオットの物らしいコンバットブーツ。
おそらく真雪を見下ろしているのだろう。
床に手をつき、体を起こそうと力を入れると痛みが波のようにうずく。
白い花と血が広がっている。
血だまりに月光が浮かび、光を放つように。
「戦う必要はないが、お前がその気であるなら全力で潰さなければならない」
膝をつく姿勢で軽く息をついて頭上から降り注ぐ声を聞いた。
痛みに意識をとられている場合ではない。
今、するべき事は。
「いずれ脅威となり、俺の行く手を阻む事になるからな」
「勝手にしろ。お前に戦う必要がなくても俺にはあんだよ」
鼻で笑うように漏らした苦笑。
座った状態から顔を上げ、手のひらをチャリオットに向ける真雪。
落ちる雫の音だけが耳につく。
自分を狙うナイフの切っ先を睨んだ。
止まる動きと音。
お互い、視線をそらす事なく。
インカムの向こうで聞こえるやり取りだけが判別不能のまま耳をすり抜けた。

真雪は脈打つ痛みの中で、ただチャリオットを見つめる。
微動だにせず、息を殺して。
体のどこかで何かが蠢く感覚があるが、それを気にしている余裕はない。
些細な動きにも反応できるように。
また、相手も自分が動けば攻撃を仕掛けてくるだろう。
少しでも隙を見せれば命取りだ。
沈黙と探りあいの中、神経を研ぎ澄ませた。

前触れなく。
視界の端でチャリオットの足がわずかに動くのを見た。
半ば反射的に手が風を生じ、光を集める。
動く唇。
跪いた姿勢のままで眉間にしわを寄せ、瞬きもせず。
迫る銀色の光。
放たれるスキルとどちらが早いか、真雪にもそれは分からなかった。
賭けだと脳裏で呟く。
サイドに避け、そこからもう一発――
まるで床を突き刺そうとするかのように自分の脳天めがけて振り下ろされるナイフ。
真雪が唇を噛んだ瞬間。


聞こえたのは金属音。

その後に衝撃も痛みもなく、遠くに何かが吹き飛ぶ気配と衝撃音が響いた。
視界から消えたチャリオット。
巻き起こる風と浮かぶプルメリアの花の中で状況を把握しようと素早く瞳が動く。
真雪が間近にある気配に気付き、顔を向けると。
「……非常に不愉快な仕事だ」
長い柄をもつ大きな鎌が弧を描き、振り下ろされるのが見えた。
鋭い光を放つ残像に目をいぶかしげに細める。
フードで顔は見えず、黒衣をまとう風貌はまるで死神。
「何が面白くて他人のケンカに首を突っ込まねばならぬのか」
言葉どおり不機嫌そうな声が吐き捨てるように言った。
わずかに顔が向けられ、鋭い眼差しが真雪を見下ろす。

真雪は瞬時に理解した。
彼はエクスキューショナーのアブソルート。
そして、この男が自分に向けられたチャリオットの攻撃を防いだのだと。
確かにアブソルートがいなければ自分はどうなっていたか分からない。
けれど。
こみ上げてくる苛立ちに舌打ちする。
そして、無意識に手はスキルを放とうとしていた。

「お前、助けろっつった覚えはねえ。余計な事すんじゃねえよ」
「こちらも助けろと言われた覚えなどない」
「邪魔するとお前もぶっ殺すぞ」
「助けられて礼も言えんのか、この下郎は」
アブソルートは窓の外に視線を投げつつ、独白のように漏らす。
そして、真雪の手元に浮かぶ光を一瞥した。
「敵は我ではないだろう。
見誤ると、うぬだけの被害ではすまぬぞ、死神」
冷たさを帯びた声。
顎で示された先にあるのは数メートル先、壁に背中を貼りつけ片膝をつくチャリオット。
ナイフを杖代わりに床に突き立て、立ち上がろうとしている所だった。
真雪は鼻先で笑うと面白くなさそうに視線をそらす。
その無言は、アブソルートの言葉に同意するかのように。
ゆっくりとした動作で立ち上がり、アブソルートに並んで前を見据えた。

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