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13-3 tactics

真雪はため息をつくと窓の外に視線を転じた。
四角く切り取られた空の青と、死んだような色のアスファルトの壁。
鮮明な色の輪郭に、違和感さえ覚えた。
こんなに空は青かっただろうかと。
「ノクティルカは出かけたんだね」
何を考えているわけでもないのに、無意識に声が思考に飲み込まれかける。
身体をねじって見上げると、ダンデライオンが真雪に薄く微笑んでいた。
「ああ」
「という事は作戦決行が近いな。君も準備をしておいてくれ」
両手に持っていたペットボトルの1本を差し出されて、頷きながら受け取る。
隣に座ったらしく、椅子が小さく軋む音が聞こえた。
「彼はね、どう動くか考える時に外出する癖があるんだ。
突破口が見つかったから動かずにはいられないんだろう」
「突破口、ね。これが美冬に繋がってればいいんだけど」
考えをめぐらせながら手をひねって上蓋を開ける動作。
「……なんか、やる事ねえのかな。ノクティルカやウォークライとかが動いてんのに
自分だけこんな風に事務所でぼけーっとしてんの、辛いわ」
「君はこの後、ラプターを助けるって大きな仕事があるからね。
今は無理に動こうとせずに温存しておかなければ」
「そうだけどさ。動いてた方が気が紛れるじゃん」
「それも分かるけれど、イレギュラー討伐って気分でもないだろう?」
苦笑気味に目を細める顔に返事代わりに曖昧な笑みを向けた。
身体をそらして天井を仰ぐ。
視界の端で観葉植物が光を反射しながら揺れているのが見えた。
真雪はペットボトルに唇をつけ、その状態でため息を漏らす。
死んだように気の抜けた瞳。
これではいけないと思いつつも、穴が開いているような錯覚を覚える。
「彼らには彼らの、君には君の戦い方がある。大切なのは自分は何をするべきかを考え、
役割を把握する事だ。待つ事も大切な仕事の一つだよ」
「まあ、そうなん……」
言いかけ、止まった。
真雪はペットボトルの中身を口に含んだ所で、目を見開いて口を押さえる。
深く刻まれる眉間のしわ。
短く呻いた。
「レイヴン?」
「まっず! 何だこれ!?」
咄嗟に身体を起こすと手に持った物のパッケージを凝視した。
「親父! お前こんなモン飲ませて殺す気かよ!? すっげーマズいぞ、これ!」
「ああ、やっぱり」
「やっぱりって……分かってんだったら飲ませるんじゃねえ! モツ煮ソーダって何だよ!」
乱暴な動作でペットボトルを置くと、噛み付く勢いでダンデライオンに向き直る。
向けられた相手は、その勢いに圧倒された様子で何度か目を瞬かせていた。
「ラプターが数日前に買ってきたものらしくてね。君の名前が書いてあるから」
「でもマズそうだって思ったら渡すんじゃねえよ!」
「レイヴンは珍しい物が好きだし、喜ぶんじゃないかと思ったんだけどな。
よし、分かった。僕のと交換してあげるから」
「……ちなみに親父のは?」
「焼肉オレ」
真雪は机に突っ伏したまま、微動だにしない。
小刻みに震える肩。
「あの馬鹿、あれほど変な飲み物買ってくんなっつったのに」
「しかもあと4本あるんだよね。どう処理しようかな」
「口の中で味噌とモツが弾けてるんだけど。この無駄な再現率、腹立つわ」
「……で、レイヴン。話の続きだけれどね」
表情を引き締め、口を開いたダンデライオンを真雪の手が制する。
伏せた姿勢のままで手だけが向けられた。
「待って。水飲んでくる」

数分後、2人はソファに向かい合って座っていた。
「背後に誰かがいる?」
真雪が眉をひそめるのを見て、向かい合って座るダンデライオンは渋い表情のまま頷く。
前傾姿勢で膝の上に肘を置くと顎のあたりに組んだ手を当て。
「うん、今日ちょっとチャリオットの件を整理している時に考えていたんだ。
一連の動き等を見て、彼を手助けしている何者かがいるのではないかって」
「それも有り得るかもしれねえけどさ。それっぽい気配でも感じた?」
「まあ、ちょっと考えれば分かる事だよ」
話し声以外に目立った音はなく、静寂が漂う室内。
まるで衣擦れの音でさえ聞こえるように。
「生きる方法はいくらでもあるとは言え、1人でどうにかなる世の中じゃないからね。
まして彼は生き返った人間だ。普通の人間のようにはいかないだろう」
真雪はその言葉を黙って聞いていた。
髪をかきあげ、視線を宙にさまよわせる。
「食べるもの、住む場所などね。彼は通夜の席で生き返り、そのまま逃亡した。
そんな彼が……」
「次に会った時は死装束ではなく、普通の格好をしていた?」
「ああ、それが何よりの証拠だと思うんだ。
三途の川の渡し賃で服や食べ物が買えるかい? それは無理に決まってるよね」
「それで『背後に誰かいる』って事か」
どちらからともなく、ため息をついた。
頷く動作の後、唇を噛む思案顔。
「路上で生活しているとも考えづらいんだ。何しろあの死臭だ、彼は目立ちすぎる。
もし、そうだったとしたら僕らが気付かないはずはないだろう?」
「確かにな。此岸が広いとは言え、一人でこんだけうまく隠れられるワケがねえ」
「……これは仮定に過ぎないんだけど」
ダンデライオンの手がテーブルの上に放り出されていたテレビのリモコンに伸びる。
視線がぶつかり、深刻な顔で見合わせた。

「もし突然死とチャリオットが繋がってたとしたら、これは一筋縄ではいかなくなる」

ソファの背もたれに腕を乗せた姿勢で固まる真雪。
唖然とした表情を顔に貼り付けたまま、凝視する。
空気の流れも止まってしまったかのように。
「突飛な考えだと思うかい?でも、誰もがこの可能性を一度は考えていると思う」
「確かにそうだけどさ。でも、何の証拠も……」
「現時点ではね。けれど、僕はあながち間違っていないと思うんだ。
気付いていないかな?突然死が増えたのはチャリオットが生き返ってからだよ」
ダンデライオンは微笑むように口の端を上げた。
「資料は……片付けてしまったか。最初の突然死は先月の9日、霧島区。
これは彼が生き返った日だ」
窓の外がにわかに賑やかになった。
太鼓やクラリネットの音が次第に近くなっていく。
どうやら何処かの店舗の宣伝をちんどん屋が行っているらしい。
「そして、一筋縄でいかないという根拠だけれど」
「奴を支援している存在がいるからか?」
「そう。それが単なる旧友や、その辺の此岸の人間だったら脅威にならないだろう。
けれど」
指がリモコンの電源を押した。
それにあわせて部屋の中に響くテレビから吐き出される場違いな笑い声。
せわしなくチャンネルが変わり、画面は報道番組で止まる。
2人は同じ方向に顔を向けた。

『霧島区近隣で発生している突然死の原因は
黒い袴姿の女の子だという事ですが。大西さん、どう思われますか?』
『そんなオカルトじみた話ねぇ。だって、その女の子見た人が
全員亡くなってるからって原因がそれだって言うのも強引過ぎないかなぁ。
それに、それだと解決方法がないじゃないの』
『現在、厚生労働省の特別チームでも事実関係を確認しているとの……』

真雪が視線を向けたままでいぶかしげに目を細める。
「何だ、これ。黒い袴姿って……あの死兆星の事か?」
「おそらくね。事実を知っている僕らはおかしいと思うけれど
他の人間はそれを知る術もなく、疑いつつもこの情報を受け入れるしかないんだ」
「だからっつって、こんな胡散臭い話を普通のヤツが信じるか?」
「確かにそうだ。けれど、世間は突然死の原因を欲しがっている上に
この情報を流しているのは、このテレビ局だけではないんだ」
張り詰めていく空気。
明らかに雰囲気が変わっていく。
「新聞やテレビ、ほとんどのメディアが同様の事を伝えている。
こんな事があるかい?僕には作為的に思えるんだが」
「作為、的」
「死兆星は確かに死期の近い人間に見えるが、彼女自身に何の力もない。
ノクティルカやラプターが以前話してた所によると、
死兆星は突然死の原因をラプターだと思っていた節があった」
「そうやって考えると死兆星は突然死の原因じゃねえのは明らかだよな」
ちんどん屋の音が遠ざかり、喧騒の中に溶けた。
テレビの音は流れているが2人の耳には届く事はなく。
「そうだ。けれど、こうして情報は流れている。
まるで誰かが事実を歪曲しようとしているかのように」
「いや、待てよ。そんな事……」
「ないと言い切れるかな?」
ため息混じりに体が起こされ、ダンデライオンはソファにもたれた。
胸ポケットからタバコを取り出すと、口にくわえる。
「砂粒のような可能性かもしれないけれど頭に入れておく必要はあると思うんだ。
杞憂であればそれに越した事はないんだからね。
けれど、もしこれらがチャリオットと繋がっていたとしたら……」
「確かにそうなったら一筋縄じゃいかねえわな」
疲れた響きの真雪の言葉にダンデライオンが軽く頷いた。
「僕らはヒーローでも正義の味方でもない。
大義名分を振りかざして立ち向かう必要はないけれど、知る必要がある」
こめかみに指を当てて睨むように目を細める。
「生と死の狭間に立つ、死神として」
低く静かに響く声音。
「生き返りに関わってしまった人間として」


ウォークライとノクティルカが帰って来たのは日が暮れ、太陽が死んでからだった。
テーブルに広げられた数多くの書類と地図。
今までダンデライオンからチャリオットの背後に人がいる可能性について
話を聞いていたノクティルカは、小さく唸りながら頷いた。
ソファから背中をはがす。
「なるほど。仮定が多い話ではありますが充分ありえる話ですね。
チャリオットのバックにいる人物、メディアを使った事実の歪曲……
確かに不自然な点も多い。皆が同じ事を叫んでいる時はまず疑うべきですから」
「ああ」
「それを裏付ける事になるかは分からないが」
それまで押し黙って話を聞いていたウォークライが一同を見渡した後、口を開いた。
「ギムレットから興味深い話を聞いた」
「興味深い話?」
「ああ」
黒い瞳が睨むように問うたダンデライオンを見つめる。
立ったまま腕組みをし、見下ろしていた。
「エクスキューショナーが此岸でチャリオットを探しているそうだ。
理由は不明……だが、エクスの筆頭であるアブソルートを中心に動いているらしい。
ただ事ではないだろう」
「チェイサー オブ チェイサー、ね。確かにただ事ではないな。
しかし彼らが何故手配する必要があるんだろう?
彼らが関与するほど、チャリオットが何かしたとでも言うんだろうか」
ダンデライオンが何もない傍らを睨む。
その言葉にかぶりを振ったのは真雪だった。
「もし、そうだったとしたら俺達だって知ってるはずじゃねえか?
美冬の一件で動いてるとは思えねえしな。これは限られた人間しか知らない上に
あいつらは、よっぽどデカい事件じゃねえと動かないはずだし」
「そうだね。もしくは何かを掴んだのかもしれない」
言葉もなく、顔を見合わせる。
それぞれ考え込む沈黙を破ったのは。

「少し、お話してもよろしいですか?」
テーブルを覆うような2枚の地図を広げたノクティルカだった。
「うん、どうぞ」
「時間が惜しいので報告をさせて頂きますね。先ほどウォークライと
件の廃校を見に行ってきたのですが……レイヴン、貴方の読みは当たっていましたよ」
微かに浮かぶ口元の笑み。
指先が天野区の地図の一点を示した。

「天野区立岩戸小学校――ここが『茨に囲まれた城』です」

地図上の地点と顔を思わず見比べる。
真雪の視線に気付いたノクティルカは静かに頷いた。
「つー事はチャリオットはやっぱりここにいたのか?」
「ええ、校舎の中はひどい死臭です。あれは普通のイレギュラーのものではありません。
入り口付近を伺っただけですが、おそらく彼はこの場所にいると言って間違いないでしょう」
「なるほど。それで?」
尋ねられ、ノクティルカが動きを止めた。
言葉の意味を捉え損ねたのか無言で見つめる顔。
その視線にダンデライオンが足を組み、膝の上に手を置いたまま小さく笑いを漏らす。
「君の事だから、ある程度の事は考えてあるんだろう? 意見を聞かせてくれないか」
「お見通しなんですね、ダンデライオン」
「当然だ。何年の付き合いだと思ってるんだい?」
苦笑に似た笑み。
だが、それはすぐに消えて険しい表情となる。
「今日見て分かったのですが、この周辺は何もないとは言え
日中は人通りがそれなりにある場所のようですね。
近くでマンションの建設が行われている関係もあり、車も人も多く見受けられました」
「なら昼間、堂々と入るのは避けた方がよさそうだな」
「ええ。夜でしたら我々も彼らも動きやすいですからね。
問題は視界がどのくらい確保できるかという点ですか。
当たり前ですが、煌々と照明をつけられるはずがありませんから」
「……彼ら、とは?」
ダンデライオンが地図から視線を移す。
それにつられるようにして他の視線も注がれた。
一瞬の空白。
ノクティルカが眼鏡を押し上げた。
目に不敵な色を残したままで。

「エクスキューショナーですよ」

閑散とした室内とは裏腹に、今日も窓の外は賑やかな夜が広がっている。
アナウンスとネオン、誘う店の声。
けれど今は、それらはないと等しく。
「彼らをオトリに使おうと思いまして」
俯き加減で吐き出された声音に、真雪は眉を寄せた。
表情は見えないが、顔を覆う前髪の向こうに見えた口元は笑っているように見えたからだ。
「チャリオットはおそらく私達が入った事にすぐ気付くはず。
エクスキューショナーは、わずかな時間でも彼の気を惹いてくれればいいんです。
死臭に誘われて集まったイレギュラーを掃除しながら」
「利用しようという事か」
「ええ。血眼になって探しているような相手です。
彼らが用意する駒は中でも戦闘力の高いアブソルートかヴァンガード……
おそらくアブソルートが来るでしょう。あの犬を使わない手はないですよ」
「けど、そんな都合よく奴等来るか?」
ソファの上に片足を乗せ、首を傾げる真雪。
それまで机に両手を突いて地図を食い入るように見つめていたノクティルカが顔を上げる。
どことなく楽しそうな色の宿る赤い瞳がそこにはあった。
「来るのを待つのではありません。無理矢理にでも呼ぶんです。
タイミングを見計らってギムレットに情報を流してもらい、おびき出すのがいいかと」
「ふうん、随分自信あるんだな」
「それなりには。彼らは十中八九、乗ってくるはずです。
どんな些細な情報でも欲しいのが本音でしょうから。
もし思い通りに動いてくれなくても別案は用意してありますし」
頬に触れる乾いた微風を気にする様子もなく、考えをめぐらせる顔ばかりが並ぶ。
動く者は誰もいない。
まるで時が止まってしまったかのように。
「それで、校内についてですが」
紙がめくられる音と共にもう1枚の地図が姿を現した。
無意識のうちに額を集めるように身を乗り出す一同。
真雪は眉間に深くしわを寄せて、睨むように目を細める。
「何だこりゃ。本当に学校か?」
頓狂な声が上がる。
その声にウォークライが苦笑した。
「それが普通の反応だな。なんでも有名な建築家がデザインした校舎だそうだ」
「不思議な形の校舎だね。随分とユニークな……」
「コレどうなのよ。逆に使いずれえと思うんだけど」

彼らの中心にあったのは校内地図。
そこに書かれていたのは、ドーナツ型の校舎だった。

「全3階で、入り口はひとつ。他にも非常口はありますが現在は封鎖されています。
破る事も可能ではあるものの、手間がかかりすぎるので正面玄関を使うのが賢明でしょうね」
「微妙に不利だな。相手にバレバレじゃねえか、それ?」
真雪の指が玄関の文字の上に置かれる。
その指は経路を確認するかのように紙の上を滑った。
「確かに敵に見つかりやすいかもしれない。けれど、相手にとっても同条件だよ」
「あ、そうか」
「ええ。万が一、敵が逃げようとしても私達が入り口で見張っていれば
捕らえる事が出来るという事です。他の方法で脱出するにはリスクが高すぎますから」
自分で言った言葉に頷く仕草を見せる。
つけっぱなしのテレビが誰に求められる事もなく延々とニュースを伝えていた。
その音はこの部屋の空気が重くなりすぎる事を防いでいるようにも感じる。
冷たい雰囲気さえ感じる無感情な室内と、険しい表情。
いつも存在していた温かさなど微塵もなく。
「ダンデライオン、作戦決行はいつもの構成ですか?」
「うん。そうだね。けれど、今回サーペントはノクティルカと事務所待機にしよう。
死亡宣告で疲れているだろうし、万が一の事を考えてね」
ダンデライオンの視線が真雪で止まり、ぶつかる。
「そしてレイヴンと僕が戦闘要員、ウォークライは入り口で待機だ。
サポートと外や入り口の見張りを頼む」
「了解」
「ああ、分かった」
温度を感じない風が流れた。
まるで色が変わっていくかのように、張り詰めていくのを感じる。
世界と隔絶され、孤立した印象さえある部屋。

「それで、作戦は」

ダンデライオンの言葉に視線が集中する。
次の言葉を待つ沈黙の中、唇が動いた。
「とりあえず全員ぶっ殺す、以上」
「……」
一瞬の沈黙。
「おかしいな。僕、何も間違った事は言ってないと思うんだけれど」
うなだれた真雪と、ため息をつくノクティルカを見比べて首を傾げる。
怪訝そうにしながらも笑みを浮かべていた。
「……貴方はいつもそうだ。毎回言ってますが、それは作戦ではありません」
「言っても無駄だ、ノクティルカ。このオッサンは何も考えちゃいねえよ」
周囲に疲労感が漂う。
「おそらく彼らは最上階にいるだろう。
死臭を辿りながら、そこを目指せば彼らの元へ行き着く」
ダンデライオンが遠くを見るような眼差しを窓の外に向け、呟くように言った。
その横顔を見つめる。
「そこが茨に囲まれた城であるなら、ラプターはそこに居るはずだ」
時計が時を刻んでいた。
その音を聞くたびに焦りを覚える。
名を聞く度に思いをはせる。
「決行は24時」
宣言する声音に無意識のうちに背筋が伸びる。

「――諸君、今宵も踊ろうじゃないか」

そこに笑みはなく静かに前を見据え。
夜は明けることを知らず、更にその色を濃くするばかりだった。

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