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13-2 焦燥と沈黙

時間という物は、まるで河のようだと思う。
常に流れ、同じ物は二つとしてないというのに昨日と何ら変わらない錯覚を覚える。
「ん、なあに?何か用?」
普段は足を踏み入れる事がない、高等部教室棟の3階部分。
3年2組の教室を覗き込んだ真雪に声をかけてきたのは
ショートヘアの快活な雰囲気がある女子生徒だった。
笑顔の中で探る視線が見つめてくる。
「えーと。今日って藤堂 美冬……来てます、かね?」
「美冬?」
授業と授業の境目の時間、周囲は解き放たれた開放感に満ちていた。
教室や廊下に響く笑いの混じる話し声。
一体何がそんなに楽しいのかと思ってしまう。
沈んだ心の中、自分一人だけが取り残されたような心境になっていた。
この状態で笑う事など出来るはずもないが。
「高坂ぁ。美冬、まだ来てないよねー?」
「休みらしいぞ。どーせ生肉食ってハラ壊したんだろ」
引き戸に手を掛けた女子生徒が首をひねって教室内に叫ぶように尋ねる。
返ってきた答えに苦笑すると、真雪の方へ顔を向けた。
「だってさ。今日は朝からいないんだわ、アイツ」
「あー、そうですか。それじゃ……」
「ねえ!」
気が抜けたように会釈してきびすを返しかけた所を声が呼び止める。
上の空だったせいか、反応が鈍い。
「あのさ、真雪君でしょ?」
「え」
面食らった表情のままで固まる。
女子生徒は、そんな様子を楽しむかのように笑いをこらえていた。
首を傾げ、踵でリズムを取るような仕草をする度にスカートが揺れる。
「やっぱり! アイツがいっつも真雪真雪ってうるさいんだよー。
その割には照れちゃって付き合ってないとか言ってんの」
「あー、ははは」
「……もしかして美冬とケンカした?」
ぎこちなく乾いた笑いを浮かべる真雪を伺う。
返答に困り、疲れたようにため息をついた様子を肯定取ったらしく
納得したように何度も頷いていた。
「何があったのかは知らないけど、早く仲直りした方がいいよ?
アイツ、超寂しがりのクセに素直じゃないんだよねー」
「はあ」
曖昧な答え。
真雪は遠くを見つめたままで思いをはせる。

昨日の電話、交わされた会話、不意に思い出す後姿。
『……ごめん。もう会えないかもしれない』
夢だと思っていた。
こうして彼女のクラスに来れば、姿を見つけられるのではないかと。
けれど、そこにあったのは。
穴が開いたような空席。

そして知った。
これは、何もかも現実なのだ。


真雪は教室に戻り、自分の席に戻ってからも
何かを考えているかのように一点を見つめていた。
周囲の音は聞こえるが、たちまち抜け落ちていく。
視界の端には見慣れた景色やクラスメイトの姿は視界に写ってはいたが
彼の目には見えていない。
何もない空間に自分だけが存在しているかのような気がした。
等間隔で指先が机を叩く。
いつもとは違う雰囲気に彼に関わろうとする人間は誰一人としていなく、
遠巻きに盗み見るだけだった。
「……キ」
真雪はともすれば真っ白になりかける頭で必死に考えていた。
今、自分がするべき事は彼女を助ける事。
チャリオットが一緒なのだ、一刻の猶予もないだろう。
けれど助けに行くには場所さえも分からず。
手がかりは唯一、チャリオットが『茨に囲まれた城の場所』と称した現在地のヒントのみ。
見れば見るほど詩にしか見えず、此岸はおろか東京でも思い当たるフシはない。
「夜と朝の間」
またこのフレーズを聞いた。
前方を睨むようにして唇を噛む。
時間が惜しい、けれど苛立つばかりで同じ場所を回っているだけだ。
冷静に考えようとしても、彼女は無事だろうかと思う度に心が沸き立つ。
「ユキ」
真雪は片手で携帯の開閉を繰り返しながらため息を吐いた。
「夜と、朝の……」
「ユキ!」
不意に強い力で肩を掴まれて、驚いたように大きく一度身体を震わせる。
目の前には心配そうに眉を寄せる男子生徒――坂上千里の顔があった。
「あ」
「大丈夫?」
「ん、ああ。大丈夫」
夢から覚めたような返答に女性的な整った顔が歪む。
肩にかかる髪を払うと大げさにため息を吐いた。
「そんな状態でどこが大丈夫なんだろ。ゴハン食べないと昼休みが終わっちゃうよ?」
「え?」
真雪はその言葉に一瞬動きを止めた後、周囲を見渡す。
確かに彼が言うとおり今は昼休みらしく教室に残る人影は少ないように思えた。
食事を取る姿や話に夢中な姿など、室内には昼休み特有の平穏な空気がある。
「いつ4時限目終わった?」
「随分前にね。今日変だけど本当に大丈夫なの?
ずっと上の空だし、話しかけても全然返事しないしさ」
「……変?」
自分を指差す。
千里は緑茶の入ったペットボトルに唇をつけたままで頷く。
そして、肩で息を吐くと呆れた目を向けた。
「さっきの授業中だって、ずっと先生睨んだままで考え事してたんだろ?
先生、ビビっちゃってたよ」
「え?」
「指されても立たないしさ。かなり感じ悪かった」
2人の間に空白が生まれる。
真雪は眉間にしわを寄せると数秒、千里を見つめた。
波のように広がる笑い声の中で、この周囲の雰囲気は異質だ。
「言えよ」
「言ったけど反応しないから放っておいたんだ。
今回は山本先生だったから良かったけど、他の先生だとヤバいよ?」
「そうだな」
会話が途切れ、視線がそらされる。
机に挟まれた細い通路に足を投げ出して頬杖をつく。
心、ここにあらずだ――千里は軽く首を横に振ると目の前の抜け殻を見つめた。

「ねえ」
視線だけが向けられる。
会話のない無言の時間を破ったのは、改まった千里の声。
座り直すと椅子が呻く様な声を上げた。
「悩んでる事、僕は力になれないかな? ユキも辛いだろうけど、見てる方も辛いんだよ。
出来る事があったら何でも言ってよね」
「ああ、ありがと」
再び訪れる空白。
離れた位置から廊下を走る音が響いてくる。
「千里さ」
急に名前を呼ばれ、千里は動きを止めた。
顔を向けて次の言葉を待つ。
「夜と朝の間ってどこだ?」
「……え?」
「夜と朝の間、光と闇の境界。そこで行われるのは狂乱の宴」
突拍子のない答えに目を瞬かせた。
口に手を当てて考え込む姿をよそに真雪は窓の外を眺めたままで言葉を紡ぐ。
何度も口にした言葉。
そのフレーズは脳裏にこびりつき、既に暗記してしまっていた。
「もしかして悩んでたのって、それ?」
「悪いかよ」
「もう、どんな深刻な悩み抱えてるのかって心配して損したよ。
伊緒じゃあるまいし、そんな事で死にそうな顔するのやめてくれないかな」
わずかな間の後、吐き出された思わぬ言葉に真雪は睨むように顔を向けた。
一方、そんな様子に気付いていない千里は目を細めて微笑む。
安心した、とでも言いたげに胸元に手を当てて。
「あのな。こっちは真剣に」
「それ、ミステリーの暗号でしょ? 鬼瓦君と伊緒が好きなんだよ。
解けなくたって小説は面白いのに、毎回二人して必死で解こうとして……」
言いかけた言葉を打ち消したのは真雪の手だった。
千里の両肩を掴んで真顔で見据える。
「……ユキ。僕には伊緒っていう彼女がいるんだ」
「そうじゃねえ! 鬼瓦か山内はどこだ!?」
「鬼瓦君は厄払いで休みで、伊緒ならそこに……」
呆気に取られた千里が気圧されたままで後方を指差す。
真雪は知らずのうちに千里の肩を掴んだままで立ち上がっていた。
指の示す方に視線を向けると今まで談笑していたらしい伊緒と目が合う。
声をかけようと口を開きかけた所で、彼女が黒髪を揺らして歩いてくるのが見えた。
「何の用かしら、ホモ野郎」
千里の横に立つと鋭い印象の水色の瞳を細め、顎をわずかに上げる。
「ホモじゃねえ。山内、暗号とかそういうモン好きなんだよな?」
「そうね。それなりには」
「読者に挑戦とか律儀に解くタイプか?」
「微妙に言い方が気になるけど……そうね。解かないと負けた気持ちになるわ」
真雪が、腕組みをしたままで髪を指に巻きつける伊緒の眼前に携帯電話を突きつけた。
一瞬、怯むように顎を引く。
そこにあったのは受信したメールの画面。
チャリオットが電話で口にした詩が並んでいた。
「何? これ」
「どういう意味だと思う? どっかの場所の事らしいんだけどさ」
大きく瞬いた後、凝視。
伊緒は真雪の手から携帯を受け取ると口に手を当てたままで黙り込む。
艶やかな長い黒髪がすべって顔を覆った。
彼女を見つめる二つの視線を気にする事なく、没頭しているようで微動だにしない。

不意に顔を上げる気配。
真雪を見つめ、わずかに眉をひそめた。
「立花君」
「分かったか?」
「……この、送信者の『ノク山ティル男』っていうのは」
「そこは気にするな。一切関係ねえ」
その会話を残して再び沈黙が訪れた。
きっと、この光景は周りの人間からすると興味をそそられるものなのだろう。
先ほどから視線を感じる。
けれど真雪はそれを気にする様子もなく、俯いたままの伊緒を見つめていた。

数分経った頃、伊緒が不意に小さく笑いを漏らす。
「伊緒、分かった?」
「ええ、相変わらず私は深読みしすぎね。置き換えたりアナグラミングしてみたけど
結局、答えは一番最初に浮かんだ物だったみたい」
当然のように吐き出された言葉に顔に驚きを広げた。
髪をかきあげる姿勢のままで固まる。
「え。分かった、のか?」
「立花君、面白くなかったわ。簡単すぎ」
席に座ったままの千里が伸ばした手に、携帯電話を押し付けると
伊緒は肩をすくめて笑う。
視界の端で首を傾げる千里が見えた。
軽い動揺の中、携帯と伊緒を見比べる。
「その暗号を作った人にミステリーを読んだ方がいいって言っておいて。
そんなんじゃ小説で使えたものじゃないってね」
「ま、待て! マジで分かったのかよ? どう意味だ?」
四角く区切られた空が肩越しに見える。
雲の隙間からは目に焼きつく青。
自分の鼓動で周りの音が聞こえなくなった。

「文の意味、そのままね。岩戸隠れの事でしょう?」

微笑む声の隣で、合点がいったような千里の声が聞こえる。
真雪はワケが分からずに2人を見た。
「立花君、授業をちゃんと受けてないわね?」
「ちゃんと説明しろって。岩戸隠れ?」
「ええ、日本神話に出てくる有名な場面よ。
『歌い 踊れよ 呼び戻すために』……これはアメノウズメがアマテラスを呼ぶ為に
岩戸の前でストリップまがいな踊りをした所の事でしょ」
「それで『鏡を向けて 腕を引け』は、閉じこもったアマテラスが様子を見に
扉を開いた時に鏡を見せて、引っ張り出したシーンか。なるほど、確かにそのままだね」
苦笑に似た笑みを浮かべながら携帯電話を閉じると、首を傾げる真雪に差し出す。
受け取った本人は2人の会話が把握し切れていないらしく、虚空を睨んでいた。
「で?」
「……あなた予想以上に馬鹿ね。つまり」
ため息と共に吐き出された言葉。
唇の前に人差し指を立てて、目で笑う。
「この文が言っているのは日本神話の岩戸隠れの事。
そして場所を示しているらしいっていう事は――」

「『天岩戸』だ」

千里が肘をつき、顎の前で手を組んで笑う。
横を見上げて伊緒と微笑み合うと真雪に視線を投げた。
「おそらく『夜と朝の間』って言ってるから間違っていないと思うわ。
太陽神のアマテラスが岩戸に引きこもって、世界は夜になったんだから」
「あまの、いわと」
「私達が分かるのはここまでね。後は……」
口の中で同じ単語を繰り返していた真雪の動きが止まる。
瞬きもせず、唇が薄く開いたまま。
まるで何かに取り憑かれたようにさえ見える姿に
千里が机に頬を寄せるように下から覗きこむ。
「ユキ?」

一瞬の沈黙。

ややあってから真雪はバッグを掴むと、携帯電話を手にしたままで出入り口へと駆けた。
「あ、ユキ! どこ行くの!?」
「帰る!」
「か、帰るってちょっと!」
腰を半分浮かせたままで振り返って言葉を投げるが、姿の見えない声だけが返事をする。
何事かと呆気に取られ、次第にざわめく教室。
真雪が廊下で何かを言ったようだが、声は激しい足音にかき消されていた。
残ったのは唖然としたままで入り口を見つめる伊緒と、苦笑する千里。
「……ま、解決したようで何よりだけど」



デスクの上の山のように吸殻のたまった灰皿には、もう吸殻を捨てる隙間はない。
少しでも触れたら崩れそうなのは現在の状況に似ていると
ノクティルカは紫煙をくゆらせながら天井を見つめ、考えていた。
昼下がりのこの時間、いつもであれば緩むという表現が相応しい比良坂事務所は
昨日からずっと空気は張り詰めたままで。
動きたくても動けない状態やこの状況に、何から何まで苛立ってしまう。
こんな事ではいけない。
ノクティルカは深く息をついた。
「……」

急にノクティルカの動きが止まり、視線が左右に動く。
何かの変化を感じ取ったかのように。
そして。
怒濤に似た音が次第に大きくなると同時に、壊さん勢いでドアが開かれる。
何の音かを考える暇はなかった。
ノクティルカは事務椅子から背をはがすと、ドア付近を凝視する。
そこに居たのは

「天岩戸!」
肩で息をする、高校の制服姿の真雪だった。

「……おはようございます。随分早いですね」
「ノクティルカ、天岩戸だよ!」
「あまの……はい?」
「だから天岩戸! 場所! あれだ、その! あの! チャリオットの!」
真雪はノクティルカを見定めると呼吸を乱したままで大股で近づいてきた。
背後から聞こえるダンデライオンの声も聞こえないらしく、一直線に歩いてくる。
睨むような眼光。
突然の事にノクティルカは彼の言葉の意味を懸命に考えた。
「あのクソみてーな文章! あれが!」
「分かりました。とりあえず落ち着きましょう」
目の前に立ちはだかり、今にも殴りかかりそうな気迫を漂わせた真雪に手のひらを向けてみせる。
「レイヴン、深呼吸です」
ノクティルカは小さく苦笑を漏らすと足を組み替えた。


「――なるほど。つまり、チャリオットが言っていたのは
日本の神話だったという事ですね」
真雪の説明を聞いたノクティルカは、ため息混じりに頷くと頭を抱えるように
両手で髪をかきあげた。
「どうりで私には分からない筈ですよ。そんな海外の神話まで明るくありませんから」
「へ?」
「いえ、こちらの話です。それでチャリオットの文は天岩戸を示していると?」
「ああ、俺の友達はそうなんじゃねーかって言ってた。
でさ、天岩戸って言われて思いつくところ考えてみたんだけど」
真雪は背もたれを抱えるように座り、ノクティルカの方へ向いた。
身体を揺らすたびに事務椅子がきしむ。
「一箇所しか思い浮かばなかったんだよな」
「ええ、私もその名前を聞いて浮かぶ場所は一箇所しかありません」
ノクティルカの指がパソコンのキーボードを打つ。
そしてブラウザーに表示された文字の羅列を画面上の矢印が辿り、表示されたのは。

『天野区立岩戸小学校』の文字。

忘れもしない。
ヒトと同じ姿で、同じ言葉を話すイレギュラー。
美冬を同胞だと言った彼と戦った場所こそ、そこだった。
「以前、討伐でこの場所を訪れた事がありましたね」
「ああ。あそこは廃校な上に、近くに何にもねーから隠れるにはもってこいの場所だ。
しかも『出る』って噂もあるんだ、普通の奴はまず近寄らねえだろう」
脳裏に浮かぶ、闇の中にそびえる巨大な墓標のような校舎。
木々の葉ずれの音が鮮明に耳の奥で蘇る。
「そうか、廃校ですか。確かにあの場所であれば昨晩の電話での違和感も説明がつきますね」
「違和感?」
「ええ」
遠くでケトルが沸いた事を知らせる悲鳴を上げている。
窓の外で繰り返されるアナウンスも、それに負けじと大きな音量で歌うパチンコ店の声も
今は聞いた側から忘れていった。
この日差しも、街の息遣いも全て他人事だ。
「覚えていませんか? あのチャリオットの電話は背景の音が一切ありませんでした。
土砂降りだったのに静かでしたよね。そして人の声も、他の音も聞こえなかった」
「そういや、そうだったな」
「はい。雨の音が聞こえないという事は屋内なのでしょう。
街に近い場所であれば、こんな風に人の声や雑音が聞こえるはずです」
窓の外を一瞥した後、すぐに視線を真雪に戻す。
爪先が軽く床を蹴って、身体を彼の方へと向けた。
「彼らのいる場所は屋内、かつ街から離れた周囲に何もない静かな場所……つまり」
「岩戸小学校にいる可能性が高いって事、か」
「そういう事です」
ノクティルカはディスプレイを数秒間凝視した後、立ち上がった。
せわしくなく靴音が歩き回る。
「おそらくチャリオットは本気で彼女を隠そうとしている訳ではない。
どういう目的からかは分かりませんが、我々に探し出して欲しいのでしょう」
真雪の疑問の視線に気付いたのか、ネクタイを締め直しながら口の端をあげてみせる。
けれど、顔は笑っていない。
何かを思案してらしい顔は険しく、遠くを睨んでいた。
「もし、かどわかしたいのであればヒントも言う必要はないでしょう?
そして殺したかったら彼女を電話口に出さずにすぐに片付けるはず。
少なくとも私だったらそうします」
「まあ、そうだけど」
「何かを待っているようにしか見えません。だとしたら……」
言いかけて歯を食いしばるような表情をし、眉間にしわを寄せた。
そしてドア付近に立つと空いた机に投げ出されていたバッグを手に取る。
終始、様子を視線で追っていた真雪は首を傾げた。
戸惑いが浮かぶ。
「ノクティルカ、出かけるのか?」
「ええ。少々調べ物と答え合わせを」
「答え合わせ?」
部屋に立ち込めるのはどこか殺伐とした空気。
言葉を繰り返し、尋ねる。
「私達の答えが正しいかどうか、ですよ。
そして正しかった場合どうやって姫君を助けるか考える必要がありますので
その準備をしておこうかと思いまして」
真雪はいぶかしげに目を細めた。

確かに岩戸小学校にいる可能性が高いと言ってもそうとは限らない。
場所が分かったと思い込み、突入するのは危険である上にリスクが高すぎる。
無事に彼女を助けるためには十分すぎるほど準備をし、
あらゆる不確定要素を確かなものにする必要があるとは思うものの。
それはどうやって確かめるというのか。

「けど、どうやって岩戸小学校が合ってるかどうか確かめるんだよ。
不用意に近づいてバレたら逆に美冬が危ない事になるかもしれねえだろうが」
「普通に考えればそうですね」
ノクティルカが口元を歪ませて微笑む。
「ですが、はたして彼は猫一匹入り込んだ所で気付くでしょうか?」
「え?」
「大丈夫ですよ。幸いな事に彼の死臭は強く、離れた位置からでも分かるでしょう。
それに私は自分がかわいいので絶対に無理はしませんから」
首を傾げて目を細める。
けれど、その目は真剣な色をたたえていた。
「ウォークライ、申し訳ありませんが付き合ってもらえますか」
「……ああ」
ウォークライがスーツのジャケットを羽織ながらドアの方へ向かうのが見える。
冷静な靴音が部屋に響いた。
「あ、行くんだったら俺も……!」
「じっとしていられないのは分かりますが、貴方は備えていて下さい」
立ち上がりかけた姿勢を制止させる声。
開きかけた唇を噛む。
「用事を済ませたらすぐ帰ってきますよ。その後、報告とどう動くか話し合いましょう」
開かれたドアから柔らかな微風が踊りこんだ。
室内の空気の重さなど知らずに微笑むながら間をすり抜けていく。
「お兄さんに任せなさい」
ノクティルカは悪戯っぽい視線を残して背を向けた。

ドアの閉まる音と共に真雪は崩れるように椅子に座る。
時間の止まる空間、思考力が抜け落ちた瞳のままで窓の外を眺めた。
その視線はやがて、握り締めたままの携帯電話に注がれる。
来るはずのない電話を待っていた。
いないはずの気配を感じ、振り返っては苦笑する。
「……お前、どこで何してるんだよ」

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