home > 小説 > > 13. mayday

13. mayday

向かい合ったソファに挟まれるように備え付けられたテーブルの上には
書類が散乱していた。
『都内で頻発している突然死の原因はいまだ特定されておらず、厚生労働省は――』
書類をめくる音とテレビから流れるニュースを伝えるアナウンサーの声が混じる。
事務所にあるのは不気味な静けさ。
どこか張り詰めた色が見え隠れして、何かあったのかと勘繰りたくなる。
「お茶淹れたけど置く場所がねえか」
応接セット付近の有様を目の当たりにし、盆を持ったまま呟く真雪。
その声に数秒遅れてダンデライオンが読んでいた書類から視線をはがす。
テーブルに敷き詰められていた書類がまとめられ、深いブラウンの木目が姿を現した。
「ああ、ありがとう」
「なんかテスト前って感じね。何読んでんの?」
マグカップを机に置きながら、ダンデライオンの手元を覗き込む。
軽く睨むように眉間にしわを寄せながら目を走らせた。
「突然死に関する報告書……あー、最近また増えてるもんな」
その発言に答えるのは書類をめくる音のみ。
真雪はダンデライオンと、それと向かい合い書類を読むノクティルカを見比べて片眉を上げた。
手がテレビのリモコンに伸び、持ち上げた所で。
「すみません、テレビは消さないでいただけますか」
「あ、悪い」
ノクティルカの声に制止され、宙に浮かせたままの手を静かに下ろす。
窓の外の誘うような喧騒とは裏腹に、ここは重い静寂が立ち込めていた。
時折、座り直す気配だけが聞こえる。
「分からないですね、やはり。原因も関連性も」
ノクティルカがため息混じりに呟くと、書類を膝の上に置いた。
その声には疲労が滲む。
「関連性?」
「はい。この突然死で亡くなった方々は一様に同じ花を持ち
童話の一節を口にしているらしいのですが、何故なのかが分からなくて」
「突然死だけじゃなくて自殺した奴でも、そうなってるんだよな」
「ええ。何故プルメリアの花で、ハーメルンの笛吹き男なのか。
こんなにも事例があるのなら何かが分かってもいいはずなのに、何も分からない」
軽く頭を横に振る動作。
真雪はマグカップに唇をつけたまま机の上の書類をいぶかしげな表情で見つめた。
再び訪れる沈黙の中、考えを巡らせる。
『この突然死は霧島区、天野区、中津区、此花区という限られた地域でのみ発生しています。
現在死者は34名に上り、その死因は様々で感染症の可能性は低いという事です』
テレビから流れてくる声に誰からともなく顔を向けた。
ここにいる者の表情は硬く、黙りこくったまま。
「何も分からねえワケじゃねえだろ」
前かがみの姿勢で頬杖をつき、呟く。
真雪は2つの疑問の眼差しを向けられて片眉を上げた。
「事件だっつー事はハッキリしてるじゃん。んで、おそらく此岸絡みと」
「ええ。同じ死因だったら病気という事で片付けられるんですけどね。
それでも霧島近隣でしか起きていないという点に疑問が残りますか」
「それか、これが殺人なら分かりやすいんだよ。花持って被害者が死んでましたって。
だったら俺を見て系の連続殺人犯って事で結論が出るのにさ」
「これも立派な殺人だよ、レイヴン」
ソファにもたれて呟いた真雪にダンデライオンが顔を向けた。
微笑むように目を細めてはいるが、その顔は笑ってはいない。
机に投げ出すように置かれる書類。
「まぁ、そうかもしれねえけど」
「何者かが手を下しているのは明白だからね。
どんな目的があるにしろ、人を殺している事には変わりはない」
くわえたタバコに火をつけると、ため息のように紫煙を吐き出す。
ライターの蓋が閉じられる涼やかな音が大きく響いた。
「ずっと考えていても煮詰まるだけだし、ちょっと今までの情報を整理しようか。
この事件の共通点は……」
「みんなプルメリアの花を持ってて、ハーメルンの笛吹き男を話してたんだよな」
「そう。そして死因は様々で、中には自殺者もいる」
今日に限って妙に殺風景で広く感じる室内。
どこが違うかは分からないものの、明らかに違和感がある。
何かが窓を叩く気配を感じて、その方向に視線を転じると音の正体は雨だった。
予報どおり降り始めたらしい。
「これらの事件が起きているのは霧島区を中心とした近隣のみです。
死者は霧島区が一番多いですね。年齢、性別等その他で共通した点は見受けられません」
ノクティルカが眼鏡を掛けなおし、口を固く結んだ。
「あとは、そいつらは天使じゃないって事くらい?」
その言葉にダンデライオンとノクティルカの動きが同時に止まった。
意外な反応に真雪が面食らったように大きく瞬く。
「あれ? その話、言わなかったっけ?」
「聞いてなかった気がするけれど」
「いえ、閻王がいらっしゃった時に話してましたよね。
その後に緊急討伐が入ってしまい話が途中で終わってしまいましたが」
思い出しながら言っているらしく、視線が虚空をさまよう。
時計の音が無感情に時を刻んでいた。
「ああ。先週、電話で聞いたんだけどさ。
……えーと。あの、北関東支部のフィリピンパブ超好きな人って何て名前だったっけ?」
真雪が頭を手で押さえながら片足でリズムを取るように足踏みをする。
思い出せないのがじれったいのか、表情をゆがめていた。
「ルークかい?」
「あー、そうそう! ルークのとっつぁんも言ってたんだよ。
こっちに来た時に突然死を見たんだけどベールが見えなかったってさ」
合点がいったのか、一瞬嬉しそうにしたものの見る見るうちに表情は険しくなっていく。
「俺が見た飛び降り自殺、美冬のクラスの奴、ルークのとっつぁんの件。
こんなに何度もベールが見えないなんて偶然じゃないだろ。3人ともだぜ?」
「確かに偶然にしては重なりすぎていますが……まだ断定出来かねるのでは。
仕方がない事ですが判断材料が少なすぎます」
「でも閻王も言ってたじゃん。
『しょっちゅう起こる訳じゃないし、2人とも見えないなんてありえない』って」
その言葉を残して一同は考え込むように押し黙る。
不意にダンデライオンが何かを思い出したように眉間にしわを寄せた。
タバコの灰を落とそうとしたまま、灰皿の上で手を止めて。

「そういえば」
「はい」
「話は変えてしまって申し訳ないが、ラプターの姿が見えないね。
レイヴン、一緒じゃなかったのかい?」
会話に出てきた名前を聞いて思い出したのだろうか。
青い瞳は腕時計を一瞥した後に真雪を見た。
つられるようにして壁にかかった時計に視線を投げる。
わずかな空白の時間。
「そういやそうだな。今日は学校でも会ってねえけど?」
「珍しいですね。何の連絡もなく遅刻するなんて」
「ああ。つーか、アイツからメールも全然なかったな。具合でも悪いのかね」
「ご両親が帰国されている時期でもないですし」
記憶をたぐり寄せているらしい独白。
にわかに周囲を支配していた重い雰囲気がやわらいだ。
「ラプターの事だから、知らない人に焼肉に誘われて
ついて行ってしまったのではないかと心配になってしまってね。
ただの遅刻ならいいのだけれど」
「……あー」
「ないと言い切れない所が何とも」
納得した声を出す真雪と、遠い目をするノクティルカ。
その様子を眺めていたダンデライオンが苦笑を漏らした。
「つーか、美冬もいねえけどウォークライと姉御もいねえじゃん。
あの2人は? まだ宣告か確認にでも行ってんの?」
「いえ。サーペントは買い物で、ウォークライはギムレットの所です。
どちらもすぐに……」

「いやァ、急に雨が強くなって困ったもんだ」

ノクティルカは言いかけた言葉を飲み込み、振り返った。
ドアを開ける音共に聞こえてきたのは苦笑混じりのサーペントの声。
髪や服が濡れているのが分かる。
「水もしたたる何とやら、という所だね。おかえり」
「おかえりなさい」
「ただいま。まだミーティングは始めてなかったのかい?」
「ああ、まだ揃ってなくてね。もうそろそろ始めるつもりだよ」
「ったく、ここの連中は本当に揃うのに時間がかかるねェ」
呆れた響きのサーペントの声が部屋を横切っていく。
真雪はその言葉に苦笑しかけた所で、すぐ側でけたたましく電話が鳴った。
書類をめくる音がやみ、ノクティルカが顔を上げるが。
「ああ、俺出るから」
そう言って、テーブルの上の電話の受話器に手を伸ばす。
しかし。
「……と」
そんな真雪の行動を見ていたかのように呼び出し音が途切れた。
沈黙した電話を眺める。

何だろう。
この胸騒ぎは。

真雪はわずかに眉をひそめ、恐る恐るボタンを押した。
着信履歴を辿る指。
「どうしました?」
真雪のわずかな変化を感じ取ったのか、ノクティルカが尋ねる。
けれど真雪は反応せず、ただ液晶に表示された番号と名前を凝視していた。

『05/08 19:28   ラプター』

ただ単に遅れる旨の連絡をしてきたのだ、と真雪は言い聞かせる。
何故こんなに胸騒ぎを感じるのか分からない。
何故そんな事を繰り返し言い聞かせているのか分からない。
けれども何処かで警告していた、何かが。
心の中に不安が流れ込んでくる。
掛け直して安心したいと思う反面、それを恐れていた。
何を?
何を恐れているのか、自分は。

「美冬からだわ、さっきの電話」
小さく呟いた声はまるで自分の声ではないように感じた。
鼓動が部屋中に響き、身体が大きく脈を打っているようだ。
「どうしました? レイヴン」
「分からねえ。分からねえけど、怖い」
「怖い?」
手が、震えていた。
自分でもこの感情が何であるのか分からなかった。
冷静に考えてみれば何も恐れる要素はなく、単に電話が鳴っただけだというのに。
真雪が表示していた着信履歴を凝視したままで通話ボタンを押す。
耳に当てた受話器は驚くほど冷たく、呼び出し音は鼓動と混じり合って響いていた。
数コールの無機質な音の後、繋がる気配に安堵のため息を漏らす。
「あ、美冬か? お前どうし……」


『いい夜だな、死神』


一瞬、状況が理解できずに固まった。
聞こえてきた声は美冬のものではない。
掛けたのは美冬の携帯電話だったはずだ。
受話器を握り締め、固まったように一点を見つめる真雪。
唇が動くが声にならず、ただ呆然と。
「てめえ、誰だ」
聞かなくても分かっていた。
けれど、聞かずにはいられなかった。
「レイヴン、どうしたんだ?」
部屋中の視線が真雪に集中するが、彼にそれを気にする余裕はない。
震えるほど強く握り締められる拳。
雨音が消え去る。
「誰だ? なんで美冬の電話にお前が出るんだよ」
『忘れたのか、俺を』
「チャリオット、答えろ! 何でお前が話してんだよ!」
怒鳴る声が部屋中に響き渡った。
靴音が近づき、ダンデライオンの気配が並ぶと同時に電話に手が伸びる。
押されたのはスピーカーと書かれたボタン。

『そう、チャリオットだ』
電話が部屋中に響かせたのは、チャリオットの笑いを噛み殺した声だった。

『一向に姿を見せない美冬、彼女の電話に出る死人。さて、ここから考えられる可能性は?』
「ぶっ殺すぞ、てめえ……!」
周囲は黙ったまま微動だにせず、ただ電話を睨む。
まるでこの光景は時が止まったようだ。
痛いほどの張り詰めた空気の中で歯軋りの隙間から言葉を漏らす。
『ここは悪者らしく常套句を言わせていただこうか。何事にも形式は大事だからな』
楽しげに笑う声。
『お前達の大切な姫君は預かった。返して欲しくば……』
まるでどこからか様子を伺っているかのように。
笑いをこらえながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ふざけんじゃねえ! 美冬はどこだ!」
『冷静になれよ、死神。感情的になったら負けだぞ?』
「この状態で冷静になんざなってられるか! 美冬を出せ!」
ざらついた音声と聞き取りずらいノイズの中で、何かが蠢く気配が聞こえた。
電話の向こうで話し声が聞こえる。
けれど耳を澄ませても何を言っているかまでは聞き取れない。
唇を噛んだまま、テーブルに手を付いた姿勢で真雪は止まっていた。
『姫君、騎士殿だ。助けを乞え』
『……あ、ぐ!』
聞こえたのは美冬の苦しげな声。
喉を圧迫されているのか、咳き込む気配がある。
爪先から頭まで一気に寒気に似た何かが駆け抜けたのを感じた。
「美冬? 大丈夫か!?」
『ま、ゆき……』
苦しげな息の中で囁くように名を呼ぶ。
内側で何かが暴れる感覚。
背中を汗が伝うが温度は分からずに。
『ごめん。あたしは大丈夫だから』
「大丈夫なわけねえだろ! 何があった!? 今、どこだ!」
『冷静になって。だいじょ……は、ぐぁ!』
言い聞かせるように聞こえてた声が突如悲鳴に変わる。
『助けを乞え。助けてくれと泣いて訴えろ』
『う、ぐ』
「美冬! おい、美冬!?」
『……ごめん。もう会えないかもしれない』
その声の語尾は震え、何かを堪えていた。
真雪は、そこにチャリオットがいるかのように机を睨む。
狂いそうになる、この沈黙に。
『ちょっとヤバい、かも』
全てが死んでいるように思えた。
雨が何かを警告するように窓を叩き続ける。
震えを隠すように更に強く握り締める拳。
心の中にある感情が何であるか、もはや分からなかった。

テーブルについた真雪の手が震えている。
それが恐怖感からか、それとも怒りによるものか。
瞬きも忘れ、歯を食いしばったままで凍り付いていた。
まるで自分自身の中の何かと戦っているように見える。
「レイヴン」
「……分かってる。落ちつかねえと」
「そうだ。呼吸を整えろ、スキルに飲まれるぞ」
机を凝視したままで口の中で何度も同じ言葉を繰り返す真雪。
ダンデライオンはそんな彼の背中に手を置いた。
その行為はまるで、現実に留めようとしている風に見える。

『姫君の無事も分かった所で死神に楽しいゲームの提案だ』
何かが崩れ落ちる音の後、チャリオットの声がひときわ鮮明に聞こえた。
美冬の気配が消えたのが電話越しからでも分かる。
「ゲーム?」
ノクティルカが俯いていた顔を上げて棘のある調子で聞き返した。
電話のスピーカーからは堪えきれずに漏れる笑い声。

『そう。追いかけっこをしようじゃないか』

雰囲気とそぐわない単語に眉を寄せる。
チャリオットは口の端を大きく上げて笑みを浮かべているのだろう。
容易に出来る想像に腹立たしさを覚えた。
『姫君の元に彼岸と此岸、どちらが先に辿り着けるか競争をするのだ』
「何だと?」
『ゲームオーバーは彼岸が辿り着いた時……すなわち彼女の死。
どうだ、単純明快なルールだろう』
「ふざけんじゃねえ! んな馬鹿に付き合ってられるか!」
怒号とテーブルを殴る音が同時に響く。
怒りを向ければ向けるほどチャリオットは楽しげに声を上げて笑った。
冷静にならなければいけない事を真雪も分かっている。
これではただ相手を煽るだけだと。
けれど、抑えることなど出来るはずもない。
『お前達の意思は関係ないんだよ。既にゲームは始まっているのだからな』
「てめえ……!」
息苦しさの中で呟く。
身体の内側で感情が熱を持ち、渦巻いていた。
動かずにはいられないのに、まるで頭が真っ白になってしまって動けない。
『……ああ、すっかり忘れる所だった。ヒントを与えなければいけないな』
窓の外の轟音。
雨は強さを増し、全ての音を飲み込もうとしている。
『姫君の眠る、茨に囲まれた城の場所を』
言葉はこの部屋から消えうせていた。

『夜と朝の間、光と闇の境界』

以前耳にした言葉に真雪の動きが止まる。
『そこで行われるは狂乱の宴』
その声はまるで旋律。
『笑い、踊れよ 呼び戻す為に』
歌うように紡がれた言葉に唇を噛んだ。
『鏡を向けて 腕を引け』
夢でも見ているのだろうか。

「ふ、ざけやがって……!」
無意識のうちに漏れる悔しげな真雪の声。
聞いている側から言葉を忘れそうになる。
怒りで我を忘れかけ、必死で踏みとどまった。
この場所も、自分自身でさえも分からなくなりかける。
『もっともエニグマならば片割れがどこにいるか知ることくらい容易いか』
「俺はエニグマなんかじゃねえ!」
『何を言っている? お前達こそが証明だと言っただろう』
ダンデライオンが閉じていた目を開き、何もないはずの正面を睨んだ。
その目に宿るのは殺気。
『見せてみろ、エニグマ! お前達の共鳴を!』
電話口の静けさの中、ノイズの混じる声が憑かれたように笑う。

どのくらい時は止まっていたのだろうか。
気がつけば部屋には通話が切れた事を表す無機質な音が繰り返し響いていた。
それでも誰も動こうとはせず、黙りこくる。
聞こえるのは土砂降りの雨音。

そして、遠ざかる靴音。

「どこに行くんですか、レイヴン」
真雪がドアのノブに手をかけた所で冷気を帯びた声が投げられた。
視線だけを動かすと、ノクティルカの射るような視線とぶつかる。
「どこって、じっとしてられるかよ」
「場所の見当もつかないまま探しにいくとでも?」
言葉の端々に浮かぶのは押し殺した怒気。
苛立った様子で真雪が息をつくとドアを力任せに殴った。
「けど、アイツ放っておくワケにもいかねえだろうが!」
「落ち着きましょう。闇雲に探して見つかるものではありませんし、
何も準備していない状態で動くのは危険すぎます」
「うるせえ! この状態で……」

「殺したいのか、彼女を!」

言葉を遮る怒号。
思わず真雪は動きを止め、声の方向を見つめる。
声を荒げたノクティルカは怒気混じりのため息を吐くと、
ソファに座ったままで真雪を睨みつけていた。
「俺達の目的は何だ? ラプターを助ける事だろう。
怒り任せに突っ込んで彼女に何かあってからでは遅いんだ」
膝に乗せられた指がリズムを打つように等間隔で動く。
「じっとしていられないのも分かるが、だからこそ用意周到に
慎重に事を進める必要がある」
わずかな沈黙の中、真雪は何かを言いかけて飲み込む。
脱力するようにドアノブから手が外れた。
「……レイヴン、辛いのはお前だけじゃないんだ」
殺気さえ帯びていた。
ノクティルカはそう言ったきり黙りこむ。
俯き、ソファにもたれかかって。
この部屋で動くものは何もなく、全てを飲み込む夜だけが存在していた。
痛みを伴う沈黙。
叫んで逃げ出したくなる。
「サーペント、ウォークライに電話を。すぐ戻ってくるよう伝えてくれ」
ダンデライオンの声が響いた。


「諸君」
部屋の中央、円陣を組むように立つ黒い死神の群れ。
ダンデライオンは眉間にしわを寄せたままで静かに切り出した。
「メンバーの一人が拉致されるという非常事態により
当比良坂事務所は闘争状態に突入する」
怒りを抑えた口調は宣言をするように。
「私、サーペントは通常の業務を」
キセルをくわえたサーペントが口元だけで微笑み、返事をする。
それに軽く頷いたダンデライオンは、顔を正面に向け。
「レイヴン、ノクティルカ。お前達はラプターの救出を最優先事項としろ」
「ああ」
「了解です」
「そしてウォークライは死神業務のサポートと情報収集を同時進行で行って欲しい」
この部屋と世界を隔てるのは止む事のない雨。
窓の外にはいつもと変わらない光が見えてはいたが、人の気配は全く感じなかった。
全ての人が何処かへ消え去ってしまったのではないかという錯覚。
「これは、その辺の討伐とは訳が違う」
奥歯をかみ締め、遠くを睨んだ。
「賽は投げられた。チャンスは一度きり、失敗は許されない」
黒い革の手袋を嵌めた手が拳を作る。
「何としても彼女を救い出そう」
その言葉に一様に頷く顔。
見渡すと小さく、ダンデライオンも頷いた。
殺伐とした雰囲気は色濃く、重く漂う。
わずかな沈黙。
床を見つめていた視線が持ち上がった。

「そして、誰にケンカを売ったのか教えて差し上げようじゃないか」

新しい記事
古い記事

return to page top