home > 小説 > > 10. Dead or Chase

10. Dead or Chase

「あー! アブちんだぁ!」
比良坂事務所を出て歩く事五分、風俗街と呼ばれる界隈を歩いていた美冬が
人ごみの中で誰かを見つけたらしく嬉しそうな声を上げた。
まるで街全体が光を放っているようなネオンに彩られた場所。
夜は更け、数時間も経てば日付が変わるというのに人通りは絶えそうもない。
「ちょっとぉ。無視しないでよ、もう!」
20代後半から30代前半あたりの年恰好の長髪の男は
美冬を見定めると顔に嫌悪を滲ませた。
去りかけた男を美冬の声が追うが聞こえない振りをしているかのように。
「あからさまに嫌そうな顔しなくったっていいじゃんか。こんばんは、アブちん!」
「……嫌そうなのではなく嫌なのだ」
「またまたぁ。本当は会えて嬉しかったりするんじゃないのー?」
「ええい、鬱陶しい! 近づくな、くっつくな、まとわり付くな!」
小走りで男に追いついた美冬は彼の腕を掴むと、しがみつくように身体をくっつける。
見上げる瞳の奥にはからかうような色が宿っていた。
「アブソルートが嫌がってんぞ。離れてやれよ、美冬」
腕を振りほどこうとする鋭い瞳の男――アブソルートを一瞥し、
遅れて2人のもとに到着した真雪がため息をつく。
笑いながら腕を放そうとしない美冬と、彼女を睨むアブソルート。
周囲の人間は2人が見えていないかのように通り過ぎた。
それはまるで川のようでもある。

まったくもって美冬の物好きにも呆れる。
真雪は髪をかきながら視線を上空に投げると、ため息をついた。
この男は此岸で知らない者はいないというほどの有名人だ。
夜毎、此岸のルールを侵すチェイサーを狩る
死刑執行人《エクスキューショナー》と呼ばれるグループのリーダー格の人物。
その役割と冷酷無常で容赦ない性格から
ほとんどの人間は彼を敵視し、関わりを持ちたがらない。
その中で美冬だけは彼を友人と言い、嫌がる彼をよそに他の人間と同様に接していた。

「この時間にアブちんが普通に道、歩いてるなんて珍しいね」
「我を珍妙な名で呼ぶでない」
「なんて呼んだっていいじゃん。ねえ、これから仕事? どこか行くの?」
「答える義務などない。我が何をしようと、うぬには関係ないであろう」
怒気が混じるため息。
感情を押し殺すように話しているが顔は明らかに苛立っていた。
真雪は美冬の隣に立ち、アブソルートをひそかに観察するように見つめる。
全身から発散される殺気と、常に緊迫感を漂わせる彼の周りの血の匂いがする空気。
ここが一般人が多く行き交う道でなければ美冬に武器を向けていそうな気さえする。
当の美冬は、それに気付いているか否か。
機嫌のよさそうな笑顔を浮かべていた。
「相変わらず愛想ないんだからぁ。仲良くしようよ」
「断る。馴れ合う気など毛頭ない」
「ひゃはは、フラれちゃった! そうやってツンツンしてんの、かわいくないぞー?」
アブソルートはその声に答えるかのように美冬の手を邪険に振り払う。
眉間に深く刻まれるしわ。
瞳が睨むように細められた。
「用がないのであれば失礼する。うぬに構っている時間などない故」
「あ、待って!」
きびすを返しかけた足を止める声。
視線が集中する。
その中で美冬はジャケットから赤いパッケージを取り出しアブソルートに握らせた。
騒ぐような喧騒の中で黙る。
握らされた本人は怪訝な表情を浮かべた後。
「……これは何だ」
「何って魚肉ソーセージだけど」
「それは分かっておる」
「それ以外、何だっていうのよ」
呆れ返った視線と不思議そうな視線がぶつかる。
始終を見守っていた真雪が頭に手をあて、俯き加減でため息をついた。
「何のつもりだ! 毎回毎回、顔を合わせる度に魚肉ソーセージを押し付けおって。
そんなに我はこれが好きそうにみえるか!」
「いやー、いつも手元にあるのが魚肉ソーセージなのよね」
「いらん! うぬの施しは受けぬ!」
「とか言って、いっつも貰ってくれるじゃん。
魚肉ソーセージでも食って仕事に……あだっ!」
短い悲鳴で消される言葉。
真雪が美冬の頭を軽く叩いたのだ。
睨むように一瞥し、アブソルートに肩をすくめてみせる。
「いい加減にしろ、美冬」
ため息混じりの言葉。
「悪いな。コイツ、妙に馴れ馴れしいけど悪気はねえんだわ」
「何すんのよ、真雪! 頭叩かないでよー!」
「このハタ迷惑な暴れ馬の飼い主は、うぬか」
「暴れ馬って何!? 訂正しろー!」
アブソルートと真雪の顔を交互に見上げながら美冬は抗議するが。
2人は聞こえてないかのように表情を崩さず佇む。
近くのパチンコ店の音や、あらゆる場所から流れてくる音で声が聞き取りにくい。
近づいてくるサイレンに真雪は視線を投げた。
それはまるで、どう返答しようか考えている風にも見える。
「残念ながら違うな。いつも噛みつかれてはいるけど」
「同情するぞ、死神。こやつが他人を噛まないよう手綱をつけておく事を勧める」
「へえ? あんたが俺の事を知ってるとは光栄だね」
ふて腐れた様子で身体をぶつけてくる美冬の頭を手で押さえつつ、眉を上げた。
「だけど、そりゃ出来ない相談だ。手綱つける前に暴れて蹴り殺されちまう」
「違いない」
「ちょっと、失礼なコト言わないでよ! 本気で噛むぞ!」
息を漏らすように小さく浮かべた笑みを残し、アブソルートはきびすを返した。
雑踏に紛れる濃紺の影。
此岸の者には見える、他の者とは違う殺伐とした空気をまとい。
「気をつけろ。今日は死臭が濃いぞ」
幻聴のように聞こえた声。
目の前には、いつもと同じ日常の風景だけが残った。

「さすがアブちん。見事なツンデレだわ」
アブソルートの姿が見えなくなっても、消えた先を見つめていた2人。
沈黙を先に破ったのは誰ともなしに呟いた美冬だった。
ややあってから美冬を呆れたように見つめる視線。
「俺には全力で嫌がってるようにしか見えなかったけど」
真雪は、美冬を促すように軽く背中に触れて歩き始めた。
慌てたようについてくる靴音が1つ。
美冬が真雪の隣に並ぶ。
「しっかしお前、よくアブソルートに絡もうと思うよな。命知らずっつーかバカっつーか」
「何それぇ?」
「アイツって気に入らねえ奴はみんな消してるって噂じゃん。怖くねえの?」
「そんな、野犬か何かじゃないんだから。
アブちんは目が合った奴は誰彼かまわず殺すようなタイプじゃないよ」
駿河通りを横切り、ビルとビルの隙間の細い路地に入る。
大通りや繁華街は人の姿を多く見受けられたが
企業のビルが多いこの周辺は物音一つしない静けさが広がっていた。
「そんな怖い人かな? 仕事柄ちょっと損してるってだけだと思うんだけど。
友達になっちゃえば、すごく面白い人だよ」
「お前は人懐っこすぎるんだよ。一度会ったら友達だと思ってるだろ?」
「そんな事ないもん。まぁ、2回あったら友達だと思うかもしれない」
笑いを含んだ声が答える。
真雪は髪をかきあげて喉を鳴らすように笑った。
遠くを見つめる、細められた赤紫色の瞳。
「ま、俺は『危うきに近寄らず』だな。
これで討伐の現場に着いたらアイツがいるってオチでない事を祈るわ」
微風に冷たさを暖かさが同居する。
二つの靴音が更に静寂を誘うように響いていた。



暗闇の中で歌う声。
美冬は空を覆うような木々に囲まれた並木道を歩きながら歌っていた。
その隣には苦笑を浮かべる真雪の姿がある。
近くに民家はなく、まるでゴーストタウンのようだ。
「今回討伐するイレギュラーは弱いってさ。
準備運動にもならねえだろうって所長が言ってた。とっとと片付けて帰ろうぜ」
その言葉に美冬は口ずさみながら頷く。
彼女の声に合わせるように木々はざわめき、葉ずれの音を広げた。
不気味な雰囲気が漂っている。
外灯は点在してはいるが薄暗く、普通の人間であればこの道を使う事はためらうだろう。
ただでさえ、この周辺は都内有数の治安が悪い地域としても有名で
特にこの道の先にある公園は事件や犯罪が頻発する場所なのだから。
「怪力、短気、破壊神っ」
「……美冬」
「パンチラぁ、女の勲章だー」
弾むように頭を左右に振り、リズムを取りながら歌う声。
見えない何かを掴むように拳を握る、どこか楽しげな彼女はそんな事は関係ない様子で。
「『やめて!それは子供のミルク代なの!』」
「美冬、あのさ」
「ああぁ、ラプター……って、何よ。人が気持ちよく歌ってる時に」
額に手を当ててうめく真雪を睨む顔。
「頼むから、その歌だけはやめてくれ。しかも毎回セリフまで入れてるんじゃねえよ」
「人のテーマ曲に文句つけるの、やめてくれない? 感じ悪いわよ」
「大体なんなんだよ、その曲。聞いてると疲れるんだけど」
うなだれながら黒い革手袋をはめる。
隣の美冬は不満そうに唇を尖らせ。
「だから、あたしのテーマだっつーの。ちなみに2番は真雪のテーマなんだよ。
聞きたい?」
「いや、いい。むしろ歌うな」
「そんな遠慮しなくてもいいのに。多分感動して泣いちゃうと思うな」
「絶対にそれはねえから」
疲労した表情を浮かべる。
顔の横で手を振る動作の後、口を開きかけた真雪は眉を寄せた。

靴音が止まり、本当の静寂が訪れる。

辿り着いたのは公園の入り口。
目の前には更に暗い闇が広がっていた。
それを囲む今にも朽ちそうな錆びた柵と、覆い隠す雑木林のような深い緑。
傍らにある看板には消えかかった公園の名前がかろうじて見える。
「ねえ、今日の敵って準備運動にもならないんじゃなかったの?」
機嫌よさそうに歌っていた美冬はどこにもいない。
警戒した視線で周囲を見渡し、声をひそめた。
「おかしいぞ、どう考えても」
「うん。ハメられた?」
「さあな。この気配、かなりマズい」
頭から爪先まで一気に電気が走るように寒気が駆け抜けていく。
張り詰める空気と辺りに漂う臭気。
事前情報の通り、敵となるイレギュラーは確かにここにいるらしい。
けれど一つ予想外なのは。

『それ』は異常な殺気と、死臭を撒き散らしていた。

「今回のイレギュラー、Eクラスじゃねえのかよ。どういう事だ」
「強いね、こいつ。やるってなったら、かなり骨が折れるかもしれない」
今までの経験と自分の中の何かが危険だと喚く。
足がすくんでいることに気が付き、唇を噛む。
「ってかさ、真雪」
「ん?」
「この匂い、嗅ぎ覚えない?」
張り詰めた問いに真雪は動きを止めた。
身体の内側がざわめき始める。
確かに言われてみれば、この眩暈を誘う強い死臭は覚えがある。
脳裏に浮かぶ景色。
匂い、色、音――まるで目の前で起こっているかのように鮮明に思い出した。

葬儀会場、鳴動する棺、鋭く光るナイフ、舞う鮮血。
吐き気をもよおす死臭、憑かれたような笑い声。

蘇る、死んだはずのチャリオット。

「まさか」
呆然と、そして警戒心を滲ませ呟く。
自由が利かない身体を無理矢理動かすように、ゆっくりと美冬に顔を向ける。
「忘れるワケない。こんな匂い、普通のヤツは出せないよ」
「ああ。おそらく、ここにいるのはチャリオットだ」
「あたし、悪いけど事務所からの指示待っていられるほど余裕ないわ」
美冬は真紅の手袋からショートソードを取り出すと、目の前をにらみつけた。
周囲は凍るように動きを止める。
今宵、蠢くのは死人とチェイサーのみ。
「同感だ。それに所長やノクティルカは接触するなって言うはずだからな」
「みすみす見逃せって? そんなのゴメンだ」
「ああ。アイツには借りがある」
閉じられていた瞳が開く。
真雪はスラックスのポケットに手を突っ込むと、一歩踏み出した。
響く靴音。
それはまるで何かの合図でもあるかのように。
「行こう、美冬」
その言葉を残して闇の中へと溶けた。

遊具もなく、朽ちるのを待つだけの忘れられた公園に足を踏み入れると
一層、死臭が濃くなる。
嗅覚は麻痺し、頭痛を覚えた。
美冬は顔をしかめたまま口を手で隠す。
縁取るように植えられた緑は、完全にこの場所を孤立させていた。
ここは現実から隔絶された別世界。

「グッド・ピープル、いい夜だな」

笑いながら吐き出された言葉に真雪が眉間にしわを寄せる。
目の前の景色が過去と重なった。
気が付けば目の前にはモスグリーンのミリタリーコートを着た筋肉質の大男が立ちはだかる。
彼こそが死臭の発生源、チャリオット。
遠目から見れば普通の人間と大差ないが明らかに顔色は生きているそれとは違う。
コートは血でまみれ、口元も血で汚れていた。
まるで何かを食らったかのように。
「イレギュラー討伐、ご苦労だ。お前達が来る前に俺が食べてしまったが」
足元に転がった肉片をコンバットブーツが軽く蹴る。
薄ら笑いを浮かべる口元。
音も色も、ここには届かない。
あるのはモノクロームの世界と、対峙する彼らだけ。
遠くにある外灯は薄暗く照らすのみで、闇の暗さを今更ながらに知る。
真雪と美冬は黙って、目の前の男を見据えた。
「なんだ、挨拶もなしか? 愛想がないガキだ」
「ふざけないで。殺すわよ、チャリオット」
「そんな怖い顔をするな。せっかく会えたんだ、ちょっと話でもしよう」
緊迫感を全身から放つ二人とは裏腹にチャリオットは穏やかに言う。
以前会った時の狂気をはらんだ雰囲気はどこにもなく
まるで生前の彼を思わせるようでもある。
「話? あたしはそんなの……」
美冬の言葉の端々に宿る殺気。
真雪がそれを察知し、止めようとした時には既に。

「しに来た覚えはない!」

地面を踏みしめる音、風が大きく動く気配。
気が付くと刃物同士がぶつかり合う鋭い音がほとばしった。
美冬とチャリオットは再び睨み合う。
葬儀会場でのあの鍔迫り合いが再び繰り広げられていた。
ショートソードを押し付けて歯を食いしばる美冬。
けれど押し返されているのが分かる。
チャリオットとの力の差は歴然だった
「ほう、あの時の女か……確か美冬という名前だったな」
「お前にその名前で呼ばれたくない!」
「いい顔をしている」
「黙れ!」
額をくっつけるような会話。
目の前から吐き出される頭痛を引き起こす死臭に懸命に意識を保とうとする。

美冬は異常に気が付いた。
目の前の男は葬儀会場で対峙した男であり、また別人だ。
言いえて妙だがその表現が一番合っている。
あの時よりも格段に強さが増している気がした。
今にも力で負かされそうなのは事は明白で。
勢いに任せて突っ込んだものの、この男に好機を与えるだけに過ぎなかったのではないか。

震えるほどの力を武器を持つ手に込める。
こうして鍔迫り合いをしている隙にチャリオットに攻撃を与え、距離をとった方がいい。
美冬は笑みを浮かべるチャリオットを睨み、タイミングを見計らっていた。
「だが、頭はあまり良くないようだ。何でも突っ込めばいいと訳ではない」
ふと。
死臭の中に違う匂いを嗅いだ気がして、注意がそがれた。
重い臭気の中に何かが漂っている。
この匂いを嗅いだ、しかも最近になって。

その時。
硬質な音共に美冬の武器が弾かれてバランスを崩した。
チャリオットが力を緩めたと思うと、瞬時に押し返したのだ。

「ん、く!」
気が付いた時はもう遅い。
チャリオットの大型軍用ナイフの束が美冬の腹部を力任せに打つ。
その衝撃に顔はゆがみ、地面に投げ出されるようにしりもちをついた。
「そそられる声だ」
声に笑みが混じる。
チャリオットはナイフを持つ手を下ろすと、美冬にゆっくりと近づいた。
足音と同調する鼓動。
「……っ」
「もっと痛めつけたら、どんな声を出すのだろう?」
笑う声に、その瞳に狂気に似た何かが広がっていくのを感じた。
顔を覗き込まれて美冬は悔しさを滲ませる。
この状態では完全に不利であり、どうにか逃れる方法を考えなければいけない。
「試してみ……」
ナイフを持つ手が美冬の顎を持ち上げるように触れた。
驚くほど冷たい手に生気はない。
立ち上がる為に地面についた手が嫌悪で震える。

「やめてくれねえか」

頭上で聞こえる押し殺した声。
真雪が美冬の後ろに立ち、チャリオットの喉に人差し指を突きつけていた。
「あんまり調子に乗ると手が滑っちゃうぜ、先輩」
チャリオットは眼前に何かを見たかのように、動きを止めた。
顔からは笑みが次第に消えていく。
「大丈夫か、美冬」
「う、うん」
美冬が唖然としたままで立ち上がりかけた所に、ナイフが突きつけられ。
その動きを止める。
細い首筋、紙一枚挟んで刃がある――そんな状態。
「武器を下ろせ。話するんじゃなかったのかよ」
「それはこちらのセリフだ。この指をどけろ」
「この状態で素直に従うと思うか?」
睨みつけたまま口の端を歪ませて不敵に小さく笑う。
美冬はナイフのエッジから逃げようと顎をわずかに引いた。
唾を飲み込む動作さえためらう。
「でなければ彼女の頭が飛ぶぞ」
「そうなったらお前の首も真っ二つだな」
けん制する言葉。
美冬は真雪の言葉を聞いた気がして小さく頷いた。
もう少し待て、と。
ざわめく自分の体内に鼓動が大きく響く。
静寂の中、その音が辺りに響かないのが不思議なほど。
けれど美冬は不思議と恐怖感を感じていなかった。
何故だか分からず、この緊張感の中で自身も戸惑うほど冷静で。

「何故、お前達は」
数分が経過しても破られない均衡。
お互い微動だにしない中でチャリオットが静かに口を開いた。
真雪は前を睨み続けたまま。
「俺と対峙する? 俺が何をしようと関係ないだろう」
にわかに風が強く吹いた。
景色さえ見えないこの暗闇で木々が何かを伝えるようと、その身を揺らす。
気を張り巡らせた中では風の温度も感じない。
いつもは気にも留めない風ですら今は邪魔に感じた。
「職業柄、人の生き死にに敏感でね。
死んで生き返るなんてフザけた真似する奴を見過ごせねえんだわ」
「なるほど」
「なあ、俺も聞いていいか?」
チャリオットが真雪を見つめ返す。
ぶつかる視線をそらす事も出来ず、そらせようとしない。
「お前、何をしようとしてる? 生き返ってまで何がしたいんだよ」
「愚問だ」
「はぐらかしてんじゃねえ」
「ならば死神、お前達に話した所で何になると? 願いを叶えてくれるとでも言うのか!」
チャリオットの言葉が次第に熱を帯びていく。
向けられる怒り。
目に宿る狂気じみた色。
「理解できない物は排除するしか頭にないお前達が!」
肩を揺らし、笑う声が吐き出される。
真雪は唇を噛んで見つめていた。
どんな行動にでるか予想できず警戒感をみなぎらせる。
自分から動くわけにもいかず、ただこの均衡を保つしかない。
アクションを起こしてチャリオットを刺激し、その結果美冬に被害が及ぶのは避けたい。
だからと言って、いつまでもこの状態を続けるわけにもいかないが。

「欲しい物があるのだ」

独り言に似た言葉。
「叶えたい事がある。やらなければならない事がある」
「叶えたい、事?」
思いがけない言葉に聞き返す。
「解き放つのだ。花畑に埋もれた鳥籠から一羽の小鳥を」
死人は歌うように言葉をつむぐ。
「その為ならお前達とだって踊ってみせよう」
挑むような目を向けられ、真雪は眉をひそめた。
チャリオットの口元は笑うようにゆがむ。
その顔から何かを読み取る事は出来ず、心の中に戸惑いが生まれた。

「なあ、エニグマよ」

聞き覚えのない単語。
「エニ、グマ?」
「生と死、夜と朝。エニグマは対であり、一つである」
何故か心が沸き立つ。
その意味を問おうとするが、身体の自由が利かない。
唇だけがむなしく動いた。
「秩序を狂わせる鍵――それは、お前達の事だろう?」
「何言ってんだ。それはどういう……!」
「ごまかすな。お前と、そこの女が何よりの証明だ」
「意味がわからねえ。エニグマってなんだよ!」
訳も分からず、声を荒げた。
空いた左手を握り締める真雪の足元で
美冬は座ったままの姿勢でチャリオットを見つめる。
その目で言葉の真意を確かめようとするかのような強い眼光で。
「説明しろ、チャリオット!」
「無自覚ながら覚醒するエニグマか……面白い。次に会う時はどんな風になっているだろうな」
「逃がさねえ! 絶対に逃がさねえぞ! 前みたいに逃げられると思うなよ」
「まったく……全て奴の言う通りとは。相変わらず、この世界は粋な真似をする」
チャリオットが言葉を言い終わるか否かのタイミング。

均衡が崩れた。

真雪はチャリオットの首に触れていた指先をまるで文字を書くかのように動かす。
動く唇。
「真雪、ダメ!」
その声は刃同士がぶつかり合う音でかき消された。
薙ぎ払うように手を空へ掲げて自分の首元に突きつけられていたナイフを弾く美冬。
わずかな痛みを感じたが、それに構わず跳ね起きる。
「怒った状態でスキル出すと暴発する! 抑えて!」
「知るか!」
怒鳴り合い、交わす声。
周囲が鳴動した。
真雪の瞳が、後ろに跳んで間合いを広げるチャリオットを捕らえる。
少し離れればたちまち闇が飲み込んだ。
かろうじて蠢く影はみえるものの、幻にも見え。
「ダンスはまた次の機会だ」
「させねえっつーんだよ!」
その声と共にかざした手に淡い光が宿る。
周囲に広がる爆音。
それは周囲に幾重にも響き渡った。
立ち込める土煙が更に視界を奪い、目を凝らしても何も見えない。
チャリオットの気配はなく。
彼がこの場から消えた事を表す、次第に薄らぐ死臭。
肩で息をする真雪は辺りに静寂が戻ってもなお、眼前を見据えた。
無言の時間。
言葉は存在しない。
ただ二人は立ち尽くし、どんなに時間が経とうとその場を離れようとしなかった。
頬をなで、髪や服を揺らして通り過ぎる風。

夜は全てを染め、全てを飲み込む。

新しい記事
古い記事

return to page top