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1. 冬、はじまり、君が笑う

『これからの未来を担う、社会の宝であるはずの子供達が被害者となっています!
どうか、貴方の隣に目を向けて下さい。そこには数多くの助けを求める――』
駅から吐き出された人々が夜を恐れ、足早に目的地を目指す。
聞こえるのはざわめきのような無数の足音。
五条駅はこれから夜が深くなる時間だというのに賑わいが濃くなる。
駿河通りは楽しげな喧騒、そして街頭演説の声で溢れていた。
『これはニュースの中だけの出来事ではありません! 身近に、今起こっている悲しい現実です』
美冬は数十メートル先のマイクを持った人物を見つめていた。
駅に隣接したカフェの一席に座り、ガラスの向こうの景色。
道路に面したカウンター席からは途切れる事のない人の波と光の海が見える。
熱に浮かされたような楽しげな街の雰囲気とは違い、店内は穏やかな空気が漂っていた。
「ラプター、ほら」
背後に人の気配を感じると同時に低い男の声が投げられる。
反射的に振り向くと、そこにはトレーに二つのマグカップを乗せた長身の男が立っていた。
夜に似た濃紺の短髪と軽く笑いかける眼鏡越しの瞳。
スーツを着た彼は30代前後だろうか。
膝にコートとマフラーを乗せたままで美冬がカップを受け取ろうとすると
男はマグカップを持ち上げたままで顎で何かを示す。
「テーブルの下にコート、しまっておけよ。汚したとか難癖つけられて
クリーニング代請求されたら面倒だ」
「そんな事しないわよ! ヤクザじゃないんだから」
「どうだか。まぁ、あいつらの方がまだ可愛げがあるか」
空いた席に座りながら、睨む視線に笑った。
「はい。ラテのショートにホイップ、ヘーゼルナッツシロップとエスプレッソ追加」
「ありがと! すごいね、ワーズワース。オーダー一回で覚えた人、はじめてかも」
「当然。ギルドは俺で持ってるんだぞ?」
ワーズワースはおどけて肩をすくめてみせる。
木目のテーブルの上に置かれたカップから柔らかな湯気が立ち上っていた。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「なんかさぁ、最近すっごく寒くない? 12月に入った途端これとか
超勘弁して欲しいんですけど」
「そうだな。今年は特に寒いらしい」
「うへ。やだなぁ」
顔をしかめたまま、ため息を吐く。
ガラスを隔てた先で行き交う人々を眺めていた顔が、何かに気付いたように傍らに向けられた。
背後で自動ドアが開く度に冷たい空気が踊りこむ。
「そういえば、ワーズワースが呼び出すとか珍しいよね。どうかしたの?」
「ん? ああ、特別何かがあった訳ではないが」
「分かった、あたしに会いたくなっちゃったんでしょ。やっだ、この攻めヅラ眼鏡め!」
「……人の話を聞け」
マグカップを口に運ぼうとしたワーズワースの肩を軽く叩く手。
呆れた様子に楽しそうに声を上げて笑う。
背の高い椅子に座った足をばたつかせた。
「あ、実はサボりの口実とか!」
「それも否定しないが、ちゃんと理由はある」
口の前で両手を合わせた美冬が、その言葉に首を傾げる。
次の言葉を待つ眼差し。
遠くから発せられる店員の声や食器同士の触れる音が二人の間をすり抜けていった。
わずかに身体を向けたワーズワースが睨むように目を細める。
言葉を選ぶ無言の時間が続いた。
何をためらっているのか。
ややあって、口を開くと。

「お前、何に首を突っ込んでいるんだ?」

小声ながらも強い調子で吐き出された質問。
顔を見合わせる。
黙り込むと駅の方から遅延を知らせるアナウンスが聞こえた。
「首を突っ込むって?」
「また、そうやってとぼけるつもりか」
「ち、違う。本当に分からないんだってば」
戸惑った表情を浮かべたままで眉間にしわを寄せる。
黒いプリーツスカートを指でしごきながら、咎める視線を恐々と見返した。
間近から漏れるため息。
ワーズワースは眉を上げると正面を向いたままでマグカップに唇を当てる。
「ギルドにお前関連の問い合わせが多い。それも胡散臭い奴ばかりから」
「え、何それ?」
「『ラプターに関する情報を何でもいいから欲しい』『居場所を知りたい』
普通であればこんな事聞かれないだろ? 怪しい事に首を突っ込んでいる証拠だ」
平静を装う視線が美冬を観察している。
どうやら彼は何かを隠していると疑っているらしい。

美冬は漠然とした不安を覚えながらも、思い当たるふしがあった。
考えてみれば自分の周辺にも不穏な人影を数多く見かける。
視線を感じたり、何者かが嗅ぎまわっているらしい噂も聞いた。
理由を考えて一つの答えに辿り着く。
脳裏に浮かぶ『エニグマ』の文字。
おそらく間違いはないだろうと顔をしかめた。

「しかもお前だけではなく、レイヴンもセットというのが更に怪しい。
お前達が一緒に動く時は大抵何かある」
「そんな事ないもん」
「言いたくないなら、これ以上は聞かないけどな。とにかく気をつけろよ」
隣を一瞥したワーズワースが正面の光景を睨みながらコーヒーを口に含む。
険しい表情のままで息をついた。
「エクスキューショナーから目をつけられている時点で何もない訳がないんだが」
「へ? 何?」
「いや、こっちの話」
冬が訪れた途端に街の色は色彩を失い、どこか寂しい印象を受ける。
そびえるビルの群れや人工的な街並みに季節を感じる物はないはずであるのに。
不意に会話が途切れ、無言の時間が流れた。
「あ、ねえ! 最近変わった事ないの? 面白い話とかさ」
明るい声を作った美冬がワーズワースの黒い上着を掴む。
不穏な空気や、気まずい話の流れを断ち切ろうとしているのか。
楽しそうに口元に笑みを浮かべてみせた。
「急に言われても思いつかないぞ。大体お前の言う面白い話は、俺にとっては面倒な案件か
不愉快な話ばかりだ」
「そうかもしれないけどさぁ」
「お前は踊る立場だからいいかもしれないが、裏方は心労でみんな死に掛けてるんだよ。
……ああ、そういえば」
声の様子が変わる。
視線は虚空の一点で止まった後、首を傾げる顔に向けられた。
何かを見つけた風の笑いを堪える表情。
美冬はマグカップを両手で包みながら、わずかに身を乗り出す。
「レギオンが動いているという噂を聞いた」
「レギオン?」
「詳細は分からないけどな。どこぞの馬鹿野郎が掻き回したくて情報を流したのかと思ったが
今回ばかりは『根も葉もない噂』という訳ではなさそうだ」
周囲に立ち込めるコーヒーの甘い芳香とは裏腹に、包む空気は重みを増す。
笑う歓談の声も二人を避けて通っていた。
「水面下でコソコソ動いているらしいぞ。何のつもりかは知らんが」
ワーズワースはマグカップを持ったままで片眉を上げた。
苦い表情を浮かべているものの、その声音はどこか楽しそうにも聞こえる。
眼鏡の奥の瞳はガラスをすり抜けて白い服を身に纏ったビラを配る人影を眺めていた。
だが何かに気付いたらしく、苦い顔を美冬に向ける。
「……お前、まさかレギオンが何だか分かってないのか?」
「何でよ! あたしだってレギオンの事くらい知ってるってば」
「さっきからポカーンとした顔をしてるじゃないか。まったく、世間知らずもそこまでいくと問題だ」
「ポカーンとしてません!」
からかい調子で笑うワーズワースの腕をつねる真似をする。
視線が合うと、美冬は唇を尖らせたままで上目遣いに睨んだ。
「じゃあ聞くぞ。レギオンとは?」
投げられた問いが一瞬の沈黙を生んだ。
空調が吐き出す暖かい空気と、外気が混じり合い室内を駆け巡る。
背後で自動ドアが休む暇もなく開閉を繰り返している気配を感じた。
その度に耳に飛び込んでくるマイク越しの演説の声。
「えーと、此岸で都市伝説みたいな扱いになってるチェイサー組織でしょ。
軍隊まがいのデカい暗殺集団で、みんなAクラスだって噂があるんじゃなかったっけ?」
「ご名答。教科書に載せてもいいくらいの模範解答だ」
「わーい! って、ギルドってレギオンの存在を認めてんの?」
両手を挙げかけた仕草で固まった美冬が、怪訝な表情を浮かべる。
眉を寄せたままで首をひねった。
「表向きは認めていない。あくまで噂の一つとして扱っている状態だな。
誰も姿を見た事がない上に、非合法な真似をしてる奴等を公認する訳にはいかないだろう」
「そっかぁ、そりゃそうだよね」
何かを考えているらしく、小さい唸り声を上げる。
上の空の視線が目の前に広がるせわしない景色を見ていた。
信号が青になったと同時に静止していた人々が一斉に動き出す。
耳に届かないはずの無数の靴音を聞いた気がした。
「人によっては『レギオンは存在しない』という意見もあるらしいが、
俺個人としてはレギオンはいると思う」
「あ、やっぱり?」
「いないんだったら、あんなデカい騒ぎを誰か起こしてるんだという話になるだろ。
奴等が動いたという噂が流れるだけで人が死ぬんだ。まるで百鬼夜行だよ」
足を組んで軽く息をつくと視線を横に向けるワーズワース。
テーブルの上に置かれた指が小さくリズムを取っていた。
目を合わせ、どちらからともなく頷く。
それぞれが何かを考えているような間が訪れ、会話は途切れた。

「あら、まるで葬式のような重い空気だこと」
背後に人の立つ気配を感じると同時に頭上から声が聞こえ。
美冬が振り向くと、そこには黒いコートを着た真雪が立っている。
「もう時間?」
「まだ余裕はあるけど少し早めに行っとこうと思って。
あの几帳面が、まだ早いっつーのに『時間です』って追い出すんだよ」
「あー、ノクティルカさんは15分前行動だからね」
苦笑を浮かべる美冬の頭に手を置くと、真雪は隣に顔を向けた。
耳に装着していたイヤホンを外して笑いかける。
「うーす、ワーズワース。話は終わったか?」
「ああ、お前の彼女は相変わらず高度な会話テクニックをお持ちだ。
触れられたくない話題を煙に撒いた挙句に、こっちの内部情報を引き出そうとする」
「か、彼女じゃないってば!」
「な? だから気をつけろって言ったんだよ。単なるアホだと思ってたら痛い目見るぞ」
慌てる声をよそに交わされるやり取り。
さりげなく無視された美冬は顔を紅潮させたままで頬を膨らませた。
何か言いたげに唇が動くが声は伴わず、代わりにワーズワースの腕を叩く。
「彼女じゃない、ね。レイヴン、本当の所はどうなんだ?」
「さあね。ラプターがそう言ってんじゃ、そうなんだろ」
「ちょっと聞いてんの!?」
からかいの混じる笑みを浮かべながら美冬を一瞥するワーズワース。
視線はすぐに真雪を見上げた。
返ってくる答えもまた、薄笑いを浮かべている。
「てーか、コイツさ」
美冬の頭に置かれた手が大きく掻き回すように撫でた。
「俺がアピールしても全然反応ねえんだわ。ガードが固くて手強いったら」
「な……っ! ちょ、馬鹿! あんた何言ってんの!?」
「へえ、意外だな。ラプターは奥手なのか」
「そうそう、純情なの」
「か、勝手な事言わないでよ! ったく、この馬鹿二人はすぐヒトの事からかうー!」
わめく様子を二人の声が笑う。
ローファーを履いた靴が暴れ、ステンレスの椅子の足を蹴っていた。
美冬は何度も髪を手ですきながら、落ち着きなく視線を泳がせる。
不貞腐れた表情は赤いままで。
賑やかなやり取りも店内の賑わいが飲み込んでいった。


店から一歩外に出ると、そこには冬がある。
鋭さを増した風、通りを縁取る街路樹も葉を地面に落としていた。
一年を通して姿を変えない街並みでさえ、透き通る空気で心なしか違って見える。
駿河通りから脇道に入ると、そこにあったのはネオンの光も届かない暗闇だった。
「あのなぁ、美冬」
ビルとビルの隙間の路地。
真雪は足を止めると、ため息をついて振り返る。
そこにいたのは表情を曇らせて何か言いたげに見上げる美冬。
ワーズワースと別れてからというもの、ずっと押し黙っていた。
「そんなショボい顔をするのはやめなさい。さっきのは冗談だっつーの」
「分かってるもん」
「なら、何でずっと考えてんだよ」
数秒、無言で見つめ合う。
先に視線をそらしたのは俯いた美冬だった。
遠くで大型電気店のアナウンスが聞こえる。
「『真雪は答えを聞こうとしないのに、あんな風に言う』」
「か、勝手に人の心の中読まないでよ!」
「仕方ねえだろ、聞こえちまうんだから」
後頭部に手を置いて顔をしかめる。
コートを巻き上げる突風に目を細めたまま、睨む視線を見返した。
取り残されたように佇む。
相手の肩越しに見える遠くの光が他人事に思えた。
「俺は確かにお前に気持ちは伝えたよ。けど、だから何がしたいってワケでもないんだ。
前も言ったよな? こうしていられれば充分だって」
「うん。でも」
「さっきワーズワースといた時に言った事だって、別にお前にプレッシャーかけてるワケでも
返事を催促してるワケでもねえよ」
ため息の後に紡がれる言葉。
真雪は訴える視線から逃れたいのか、髪をかき上げて顔をそむけた。
「でも、こんな風にお前が悩むくらいだったら言わない方が良かったな」
どこか自嘲気味な表情を浮かべる。
美冬は、わざと笑ってみせようとする真雪の腕を掴むと大きくかぶりを振った。
唇が何か言いたげに動くが、すぐに固く結ばれる。
視線だけが強く見つめた。
「……言ってもらって嬉しかったんだ、すごく。真雪がそんな風に思ってくれてるなんて
知らなかったから本当に驚いたけど」
揃って黒を身にまとう二人は闇の中に同化してしまいそうに見えた。
眠る沈黙の中で切なさを含んだ声が響く。
「真雪はあたしにとって一番近くて、一番理解してくれてる人だと思ってる。
大好きだし、大事だよ。でもね」
「そう思ってくれるだけで充分だよ」
一度、口をつぐんで地面に視線を落とす美冬。
今にも泣き出しそうな語尾。
真雪はなだめるように彼女の肩に手を置いた。
「それ以上は言わなくていいから」
目線を合わせて睨むように覗き込む。
ぎこちない動作で頷くのを見て、わずかに顎を引いた。
「いろいろ考えちゃってるのか、また。無理に答えを出そうとするから辛いんだよ。
俺とかノクティルカに返事しなきゃって焦ってんだろ」
「だって、ちゃんと返事しなきゃダメじゃん。いつまでも待ってもらう訳にいかないし
自分だって、ずっとモヤモヤ考えてないで答え出さなきゃ」
「別に返事欲しいってせっつかれてるんじゃねえんだから。俺もアイツも
気持ち伝えたかったってだけなんだし、放置でいいじゃん」
真雪が身体を起こすとコートのポケットに手を突っ込んだ。
身体を反らせて空を仰ぐ。
「誰も傷つかないし、悲しい思いもしない。気まずくならねえし、離れる必要もない。
ぶっちゃけ、俺は今のままでもいいと思うんだわ。気楽な仲良しっていうかさ」
「でも」
「自分のモノにしてえとか、そんな……」
「嫌なんだよ」
強い言葉が遮った。
息を飲む気配と、ため息が重なる。
わずかに目をみはる真雪の腕を強く掴むとすがるように見上げた。
「どっちかなんて選べないとか二人とも好きだとか、そういう自分が許せないの。
どっちとも距離が出来るのは嫌なんて、虫が良すぎる自分に腹が立つんだ」
「美冬」
「答えを出さなきゃいけないのに甘えて結論から逃げ続けてさ。
結局、都合のいいように真雪やノクティルカさんを振り回しちゃってる」
言葉に滲む怒気は自分に向けられているらしい。
眉間にしわを深く刻んだ険しい顔が、わずかに歪む。
イレギュラーの気配を含む夜気が身体にまとわりついた。
黙り込み、重い静寂が漂う。
「……ごめん、こんな事言われても困っちゃうよね」
「俺の方こそ、お前の事考えてなくて悪かった。板ばさみになってる美冬が一番辛いよな」
その言葉の後に会話は続かず、再び無言の時間が流れた。
地面と靴底が張り付いてしまったかのような錯覚。
好奇と不審の視線を向けながら通り過ぎる靴音を気にする余裕もなく、
二人は押し黙ったままで俯いた。

前触れなく。
二つの電子音が息苦しい空気を破った。

現実に引き戻すアラームの発生源はインカム。
思わず顔を見合わせると、慌てた所作で耳に装着する。
『ノクティルカです。今、よろしいですか』
「ああ。イレギュラーの詳細、ギルドから来た?」
『はい。お取り込み中でしたか?』
「いや、大丈夫」
インカムの向こうの無感情な声が怪訝そうに尋ねた。
喋ろうとしない美冬と、わずかに沈んだ真雪の声に違和感を覚えたらしい。
『イレギュラーの出現ポイントの変更がありましたので、それも合わせてお知らせします。
あの、その前に……お話が』
ノイズ混じりの声が口ごもる。
小さくなる語尾は、にわかに強く吹いた風にかき消されそうになっていた。
美冬と真雪は警戒するように動きを止める。
視線は無意識にインカムへと向けられた。
「何かあったの?」
『ええ、その。早めに言っておいた方がよろしいかと思いまして』
ためらう表情が声から容易に想像できる。
何度も切り出そうとする気配を感じた。
「言えって。何かあったのかよ? 討伐の話か?」
離れた位置の喧騒とは裏腹に張り詰めていく空気。
真雪は顔をしかめたままで辺りを見渡した。
特に目立った異変や敵の気配はないが――心の中で呟く。

『冷蔵庫にあったシシャモの南蛮漬けを全部食べてしまいました』

空白。
絞り出す声に耳を疑った。
「……は?」
美冬の口から言葉になりそこなった声が滑り落ちる。
『少し味見をするつもりだったんですが予想以上に美味しかったものですから。
気がついたら誤魔化せないほど減ってしまっていたので、もう食べてしまおうと』
「ノクティルカ」
『始末書を書く事も考えたのですが、討伐終了後に召し上がる事を
考えていらっしゃる可能性もありましたので早めにお知らせしておこうと思ったんです』
「いや、ノクティルカ」
どこか機械的にも感じる冷たい口調は取り繕うように言葉を紡いでいた。
唖然としていた真雪の顔が次第に緩んでいく。
『解決策としまして同価格の物と思われるシシャモ3パックを購入済です』
「あのさ、聞いて」
『大変申し訳ありません。そして、ご馳走様でした』
笑いを含んだ声でノクティルカに呼びかける真雪の目の前には、
腹を抱える仕草で肩を震わせている美冬がいた。
どちらからともなく視線を合わせて、同時に声を上げて笑う。
『な、何故笑うんですか!』
「だって、すげー深刻な声で話すからヤバい事起きたのかってビビってたのに」
『食べ物の恨みって言うじゃないですか。食物に対してシビアなのは比良坂の伝統でしょう』
ノクティルカが気まずそうに言う。
息を切らしながら目元を拭う美冬の肩を真雪が軽く叩いた。
「はー、お腹痛い。ノクティルカさん、やっぱり凄いわ」
『何がですか』
「見事に空気ぶち壊したもんな。お前のその天然と真面目さは才能だよ」
『ですから、何がですか』
戸惑った声が幾度も問うが返答はなく。
二人を包んでいた重い雰囲気はどこにもなかった。
凍るような空気も、いくつもの闇に紛れた視線も今は気にならない。
更に落ちていく夜の下、見交わした顔は笑っていた。

『この件はともかく、討伐の話をさせて頂きま……いつまで笑ってるんですか!』
「逆切れしたよ」
「逆切れだ」

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