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プロローグ

鳥のさえずりが間近に聞こえる。
窓と向かい合って備え付けられた机に向かう少女は、その声のありかを探した。
あどけない銀色の大きな瞳が左右に動く。
見えるのは曇天模様の空と、その隙間から漏れる光の帯。
目を凝らしても甲高い声で歌う鳥の姿は見えなかった。
「えーと、チャリオットへ」
頬杖をついていた彼女が、我に返った様子で目の前に置かれた便せんに鉛筆を走らせる。
何かを思うように口元で微笑んだ。
柔らかなウェーブを描く白髪が滑り落ちて顔を隠そうとする。
「元気ですか? ずっとお仕事が忙しいのかな。春くらいからずっと会ってないね」
書く音と共に紡がれる声は広い空間に響き、空しく消えた。

一人でいるには大きすぎる部屋。
そこは寒々しいほどの白で埋め尽くされている。
壁や天井、インテリアから彼女の服にいたるまで。
唯一ある色彩は窓の外に広がる景色のみだった。

「トリプルシックスから遠い国に行ってるって聞いたけど、どんな国にいるの?
話してくれた砂漠の国かな、それとも森と空が綺麗な国?」
動きを止めると持っていた鉛筆を唇に当てる。
空を仰いで嬉しげな表情を浮かべて視線を宙に漂わせた。
少女が黙ると、一切の音が消える。
耳を澄ませば分厚い窓の向こうから風で木々が揺れる音が聞こえるが、
それは幻聴のように小さかった。
「もしかしたら、このお手紙を読むのもずーっと先かもしれないね。
また、こっちに来た時にたくさんお話しして欲しいな」
椅子に座った状態で、床にかろうじて届く爪先をぶらつかせる。
その度にワンピースの裾がゆるやかに踊った。
「前、チャリオットの事を占ったら」
突然、動きが止まる。
紙の上で鉛筆を静止させたままで考え込む仕草。
笑みは消え、わずかに眉間にしわを寄せた。
不安げに唇を噛む。
「……占ったら」
世界に置き去りにされたように、部屋に一人きり。
ドアの向こうにも人の気配は感じられなかった。
どこからか吐き出される暖房の乾いた風だけが通り過ぎていく。
今まであった穏やかな雰囲気は流され、沈んだ空気だけが残る。

十数秒の間の後。
少女は鉛筆を置くと、机の隅に置かれた束に手を伸ばした。
手に対して大きく見えるそれはタロットカードだろうか。
便せんと鉛筆を端に寄せると、二人の天使が書かれたカードを机の上に広げる。
今まで白ばかりだった視界に色が生まれた。
大きくかき混ぜる度に、硬質な音が広がっていく。
「ねえ、カードさん。なんだか胸騒ぎがするの、どうして?」
真剣な面持ちで問うた。
敷き詰められたカードを凝視する彼女の目に他の物は映っていない。
細い髪が視界を遮るのも厭わず、固まったままで。
「教えて。どうしてだと思う?」
死んだ沈黙。
雲の隙間が広がり、空がにわかに明るくなった事にも気付かずに俯いていた。
せわしなく動いていた視線が引き寄せられるように止まる。
膝に置かれていた手が動き、恐々と一枚のカードを持ち上げた。

そして、そこに書かれていたのは。

「13番目の死神……」
少女は書かれた絵柄を眺めながら呆然と呟く。
カードの中の甲冑を身に纏った骸骨は笑っていた。
何かを予感し、表情を曇らせる少女をあざけるかのように。

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