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エピローグ

その部屋にインテリアらしきものはなく、箱と表現するのが相応しい。
あるのは四方を囲む壁と磨かれたように景色を反射される床。
天井まで届きそうなほど大きな窓からは午前の日差しが溢れていた。
室内に存在する何もかもが白い。
自ら発光しているのかと錯覚するほど目にしみる色。
その中で異質なものがあるとすれば。
窓際に立ち、庭園を眺める一人の男だけだった。

「チャリオットが彼岸へ渡りました」

ドアを背に立っていたミロクは数メートル離れた位置に見える背中に声を掛ける。
遠慮がちなそれは、届いているかどうか分からなかった。
遠くで聞こえる小鳥のさえずりに消されてしまっている気がする。
「よろしかったのですか。彼を自由にしたからエニグマに殺されたのでは」
その言葉に今まで微動だにしなかった男が反応した。
後ろで手を結んだ格好のままで、わずかに顔を後方に向ける。
逆光気味になっているせいで表情を見る事は出来なかった。
「それは私への抗議かな?」
「い、いいえ! 決して、そういう意味では……!」
「そうか、なら良いのだけれど」
落ち着いた低い声音が喉を鳴らして笑う。
慌てふためきながら取り繕うミロクの様子がおかしかったらしい。
頭から被った薄手のベールを握り締めるミロクは、瞳に微量の怯えを宿した。
「チャリオットはよく働いてくれたよ。与えられた仕事の他にエニグマを呼び覚ますという
大きな功績を残してくれた。これ以上望むのは贅沢というものではないかい?」
男のスーツ越しに鮮やかな緑色が見える。
少し前まで日の光に溶けてしまいそうな新緑の色だった木々は、深い色になっていた。
風で揺れるたびに光が踊る。
「何もかも奪いつくして骨までしゃぶった。残ったのは灰のみだ。
言うなれば……そう。用済みといった所かな」
ミロクは男の言葉を目を伏せて聞いていた。
不気味なほど静まり返った部屋には時間さえも入り込めないようだ。
時計がないのは、もしかしたらそのせいかもしれない。
「チャリオットが死んだ事をブルーバードには?」
「いいえ。必要のない情報かと思いまして」
「そうだね。死んだ事を知らなければ心の中で永遠に生かすことが出来るから。
『どこかで忙しくしているのだ』と思えたら、それが一番幸せなのではないか」
満足そうな口調と共に頷く仕草が見えた。
ミロクが隠すように、小さく安堵の息をつく。
「……早く彼女とエニグマを会わせてみたいな。君もそう思うだろう?」
「はい」
「どんな歌を歌うのだろうね」
硬い靴音が数歩分響き渡った。
窓に歩み寄ったらしい男が手を伸ばすと同時に柔らかな風が室内に踊りこむ。
緊迫感など気にしない様子で笑うようにすり抜けた。
「焦がれる気持ちを恋と呼ぶのなら」
独白は歌うように紡がれる。
「ブルーバードは世界に、私はエニグマに恋をしているのかもしれない」
ミロクがまっすぐ前を向くと、男が振り返って笑った。
気持ち良さそうに目を閉じて口角を上げる。
「これから楽しくなりそうだね。舞台に上がったら私は踊り続けるつもりだよ。
さながら赤い靴を履いてしまったカーレンのように」
その部屋は生の象徴である『白』で満ち溢れていた。
だが、生の気配はどこにもなく。
鳥が鋭く鳴きながら通り過ぎるのが見えた。

「トリプルシックス」
「はい」
「天国は良い場所だと皆が口を揃えて言う」
思いがけない言葉に、疑問を視線に貼り付けたままでミロクは歩き回る男を目で追った。
ため息に似た笑みが漏れるのが聞こえる。
「残念ながら私はそこに行く事は出来そうもない。だから、この世界に天国を作ろうと思うんだ」
部屋の片隅から香るプルメリアの芳香。
白の眩しさに目を細めた。

「小鳥がさえずり、花で溢れた天国をね」

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